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明日晴れたら〜ろくでなしの恋 1 |
仕事を終えて家に帰ると、ドアの前に男が転がっていた。 二階建ての二階の角部屋。錆びの上からペンキが塗られた鉄骨の階段を昇った一番奥に、秋葉克也の住まいはある。 通路には洗濯機が並べられ、夜に回している住人もいるが、苦情が出たことはない。洗濯機の音など気にもならない喧噪で埋め尽くされた、飲み屋街の隙間に建っているようなアパートだ。 その洗濯機の横に、ドアを塞ぐようにして男が転がっているのだ。膝を抱えた状態で、すやすやと寝息を立てている。いい夢でも見ているのか、その顔はにやけている。 無言で男の体を跨ぎ、鍵を差し込んだ。 力任せに扉を引っ張ると、ドアに引きずられるようにして男がずれた。体が入るだけの隙間ができたら、その隙間に滑り込み、中へと入った。閉めると同時に鍵をかけ、靴を脱ぐ。 今日の仕事は結構きつかった。 十月の声を聞き、季節上は秋だといっても、一日中外で作業をすることの多い仕事だ。ギラついた太陽光線は幾分和らいではいるが、晒され続ければ、それだけで十分疲労する。それに今日は同僚の一人が休んだため、その分の労働が克也に回ってきたのだ。 首をコキコキと鳴らしながら今日はシャワーだけでいいかと風呂場に行きかけたところで、外が騒がしくなった。 誰かがインターフォンを押している。押しながらドアを叩く。叩きながら叫んでもいる。洗濯機の音は騒音にならなくても、これはさすがに近所迷惑だ。 ち、と大きく舌打ちをして乱暴にドアを開けた。 「やだあ、かっちゃん。なんで入れてくれねえの? 酷いじゃないのよ。俺を殺す気?」 さっき転がっていた男が立っていた。ずっと転がってりゃいいものを、起き上がって騒ぎ出したのだ。殺す気はないが、いっそ死んでくれたらいいのにと思う。 黙って睨み付けるが効果なく、男――長岡智はベラベラと捲し立てながら、部屋へと上がり込んできた。 上がれとは一言も言っていない。それなのに玄関に立つ克也を追い越し、中に入った智はなんの断りもなしに冷蔵庫を開けビールを取りだしプルタブを開けた。 「おい。誰が飲んでいいっつった?」 歩いただけで人が避け、目を合わせれば逸らされいきなり謝られるような克也の容貌だ。それが意図を持って睨みをきかせれば、相手の反応はいうまでもない。相手がチンピラ、もしくはやくざ、もしくは善良な一般市民であったとしても、その一瞬の反応は間違いなく一緒のはずだ。そのあと謝るか泣くか笑いながら脱兎のごとく逃げるか、なんだその目はああ? と凄むのかは、相手の職業、それぞれのスキルに寄るのだが。 だが、そんな克也の睨みもこの男には通用しない。平然と喉を鳴らしてビールを飲み、おまけに「なあかっちゃん、俺腹減った。なんか作ってよ。簡単なのでいいから」などと宣っている。 大した根性だ。 「……俺ぁ疲れてんだよ」 「えー。ちゃっちゃって作っちゃってよ。腹減ったってぇー。なあ。なあなあなあなあ。なんでもいいからさあ」 お前はどこの馬鹿ガキかと、駄々を捏ねるように叫んでいる智を無視し、煙草に火を付けるが、智の要求は治まらない。 「あっ、ほら、冷や飯あんじゃん。卵も。これでチャーハン作ってよ。なあかっちゃん。なあってば。お願い」 「作りたくねんだよ。茶漬けでいいだろうが」 「いやだ。チャーハン食べたい。チャーハン、チャーハン。なあなあ。茶漬けじゃ力出ないって。かっちゃん、作って」 「勘弁しろよ。疲れてんだって」 「俺、朝食ったっきりなんだよ。死ぬだろ」 「死ねよ」 「やだよー」 「人のビール飲みやがって。それで我慢しろ」 「やだって。空きっ腹に飲んだからなんか気持ち悪くなってきた」 「お前は馬鹿か?」 「馬鹿でもいい。死ぬよりいい。かっちゃん〜〜〜」 溜息を吐き、ノロノロと台所に立つ。 「本当、疲れてんだって」 克也の怠そうな声などものともせずに、智は冷蔵庫から冷や飯の入った皿と卵を調理台に並べた。 「ハムは? ハムねえの?」 あるけどそれは明日食おうと思ってたハムなんだよ。 克也の心の声が聞こえたかのように、智は冷蔵庫の奥から見つけたハムも隣に並べた。 即席のチャーハンを克也が作っている間、智は大人しく待っていた。ビールを片手にテレビを観ながら。手伝おうという気遣いは一切見られない。 いつものことだから克也も気にはしない。だいたいこいつがなにかをしてやろうなんて思いつくと、碌なことにならないのを、長年の経験で知っている。 |
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