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明日晴れたら〜ろくでなしの恋
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 ハムと冷や飯と卵を炒め、市販の調味料で味付けし、即席スープにお湯を入れ、三歩で辿りつく居間のテーブルに運ぶ。狭い台所とバストイレ、それに四畳半と六畳の部屋が、克也の持つ空間のすべてだ。
 テーブルに並べられた粗末な食事を、智はガツガツと頬張った。朝食べたきりというのは嘘ではないようで、咀嚼して飲み込むのを待ちきれずに次々と口に運んでいる。
 ただ黙って薄ら笑っていれば端正といえなくもない智の顔だ。
 今流行のナントカという若手俳優に似ているだとか、韓国からやってきたグループの誰それに似ているだとか、初対面では言われるらしい。要するに整った甘いマスクと呼べるものなのだろう。口を閉じて、静かに読書なんかをさせれば人目を惹く容貌なのだ。
 しかし目の前の男は読書なんかしないし、口を閉じてもいなかった。詰め込めるだけのチャーハンを頬張り、音を立てて味噌汁を飲み、「んめぇっ」とヤギのように叫んでいる。
「……お前なんでそんなに飢えてんだ?」
「んも、ふぉむ」
「あ?」
「んもっ、むぇふえひょえひょえもぐぅ……」
「……もういいよ」
「むぇっふぅほぇええもぇももまぇ」
「いいっつってんだろ。飲み込んでから言え」
 食べている智を横目に煙草に火を付けた。智が煙草を嫌っているのは知っているが、ここは克也の部屋だ。遠慮する義理もないし、だいたいこいつが来なければ、今頃布団に寝転がっているはずだった。
 体力には自信があるが、一日中外でこき使われ、帰ってきたその足でチャーハンを作らされている。腹が減って死にそうだった男のために自分が死にそうなほど疲れてしまった。
 そして腹を満たし、死の恐怖から脱出した智はその場で倒れ、今度はうたた寝を始めた。
 結局なんでこいつが家の前で転がることになっていたのか、なにがあってそんなに腹を減らしていたのかは聞けず終いだったが、聞いたところでどうせろくでもないことだということだけは分かっていたから、もう放っておくことにした。明日も早い。
 食べ尽くされた食器とビールの缶をシンクに放り込んで、そのまま風呂場に行った。
 コックを捻り、湯の温度の調整をする前に頭を突っ込む。一八五を越える身長は、かがむ格好にならないと、立ったままシャワーを頭から浴びることができない。狭いアパートは風呂場も狭かったが、標準よりもデカイ体はどこに行っても窮屈だったから、今さら不便だとも思わなかった。
 乱暴に顔を洗い、石鹸を付けた手でそのまま髪も洗った。染めてもいない真っ黒な髪は、ここしばらく散髪もしていないせいで無造作に伸び、襟足を隠している。もう少し我慢して伸ばし、後ろで括る手もあるが、克也はそれがどうも好きではない。
 同様に鼻にピアスだのもごめんだ。一番可愛がってくれる先輩が、自分と同じにしろとピアスとタトゥーを勧めてくるが、適当に逃げている。そうでなくても間違われやすいのに、刺青なんか入れたら本物に見られてしまう。先輩はおしゃれだアクセサリーだと言うが、克也の場合は洒落にならない。
 髪についた泡を洗い流し、もう一度石鹸を体に擦りつけながら、今日休んだ同僚は明日来るだろうかと考えていた。
 克也の働く「荻原工務店」には克也のような半端な若者が多く所属している。社長の荻原がそういった、ちょっと扱いの難しい人間を好み、面倒を見てくれるのだ。
 高校を中退した克也も巡り巡って社長に拾われた。仕事はきついし給料も安いが、差別のない環境は居心地がいいともいえた。
 それでもその環境を居心地がいいと思えない人間もいる。克也のように環境に慣れ、居着く者は半分にも満たない。今日休んだのは、克也のあとに入ってきたやつだが、実は今週に入ってからずっと休んでいる。無断欠勤だった。明日も来るとは思えない。
 克也自身は普段、工務店の中の建築部門に属しているが、そいつが休んでしまったお陰で、別部門の助っ人に行かされ、いつもの倍働くことになった。明日もたぶんそうなるだろう。
 体を洗いながら物思いに耽っていると、突然、後ろからにゅっと出てきた手にイチモツを掴まれ「おわっ!」と叫び声が上がった。


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