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明日晴れたら〜ろくでなしの恋
12


 春になり、職場に新人が入ってきた。二人入ってきたうちの一人を、面倒をみろと命じられた。
 片岡というその男は派手な髪の色をしていた。さっそくおやじたちに「ひよこ」「ひよ坊」とあだ名を付けられ、口を尖らせながら抗議をする姿がまたおやじたちのからかいを買っていた。
 智も無事に四年に進級し、克也は何年ぶりかで学生をやり直している。
 心配していた入学試験は、社長が言っていたように通り一遍のものだった。なんだよ俺の努力はいらなかったのかよと思ったが、入学通知を受け取ったときには、やはり自分でも嬉しかったらしく、その日一日は顔がにやけていた。
 単位取得には関係ないからと、入学式はバックれるつもりだったのだが、社長に出ろと命令されて半休をもらい、しぶしぶ出席した。
 何事もけじめが大事なのだと社長は言う。なあなあで始めてしまうと、ちょっとでも嫌になったらすぐに放り出す癖がついてしまう。入学式に出席するということは、これから三年間ここに通い続けるのだという決意表明なのだから、ないがしろにしてはいけないと説教された。
 職場でも冷やかし半分で大騒ぎされ、入学式を終えて午後から出勤してきた克也に皆祝いの言葉を掛け、「頑張れよ」と励まされた。夜には新人の歓迎会と共に入学の祝賀会も加わり、そこまで騒がれると、確かに適当な所で投げ出せないなという気持ちになっていた。
 それに、ここで克也が頑張り通し、働きながら無事卒業すれば、いい見本になると社長は考えているらしかった。
 なにかのきっかけで道を外してしまっても、またなにかのきっかけで軌道修正がきく。自分さえその気になれば、いつからでもやり直せるのだということを、克也もここにきて気づかされている。
 年かさのオヤジたちは、大らかに克也を応援してくれる。年の近い先輩連中や同僚、後輩たちは、冷やかしながらも克也がいったいどこまで頑張れるのかを観察していることが分かっていた。 
 二十歳前後の遊びたい盛りだ。学生時代にただ通うことすら全うできなかった人間が、今度はその何倍もの労力を使って卒業しようというのは、無謀にも思えるのだろう。そこで克也が頑張り通し、万が一大学へも進学するなんてことが実現すれば、もしかしたら俺にもできるのではと考えるかもしれない。
 それを見越して克也に声を掛けたのか、社長の思惑がどこまでを考えてのことなのかは分からないが、克也としても、せっかくそうやって後押しをしてくれたのだから応えたいという気持ちも強かった。 
 智にはいつ切り出そうかと思っているうちに、部屋にある教科書を見つけられ、簡単にばれてしまった。
「どうしたの?」と目を丸くして聞いてくるのに、「社長に無理矢理命令されて」と、誤魔化した。
 初めは驚いた智だったが、その反応は薄いものだった。「ふうん」と、克也の教科書をパラパラと捲り、「頑張ってね」と、軽く応援された。
 前に克也が高校を中退したときも、その反応は同じだった。
「やめちゃったの?」と聞きはしたが、その詳しい事情も、これからどうするのかも聞きはせず、やはり「ふうん」と相づちを打っただけだった。
 その後の態度が変わったということもなかったし、克也も態度を変えたということもない。
 生まれたときから一緒にいた幼なじみは、お互いの環境がどう変わろうと、その関係は変わらないらしい。退学になろうがフラフラしていようが復学しようが「かっちゃんはかっちゃん」なのだろう。智が馬鹿をやろうが女に騙されようが、克也にとっても「智は智」であるように。
 ただ、今までのように時々ふらりとやってきても克也が部屋にいないことが多く、それが不満な智は、また合い鍵を寄こせとしつこく言ってきた。
「女連れ込んでるときは気ぃきかせるからさあ。絶対迷惑かけないから」
 そんなことを言って克也から鍵をせしめようとする。女なんか連れ込まないし、だいたい迷惑掛けないという言葉自体がすでに嘘だ。
「だってさあ。かっちゃんいつも遅いし、雨んときとか外で待ってるのつらいし」
「じゃあ家に帰ればいいじゃねえか」
「嫌だよ。だいたい最近顔も見れねえし、かっちゃん全然遊んでくんないんだもんよ」
「学生に付き合う暇はねえな。つか、俺はおまえの遊び相手じゃねえしな」
「えー、つれないこと言うなよ」
 そう言ってはみるが、克也にしても、職場と学校との往復で、あとは部屋に帰って寝るだけという生活が続くと、あいつ、ちゃんと家に帰れているのかなどと思うことがある。疲れて帰ってきて、部屋に智がいたら、などとふと考える。味気ない生活の中で変化と息抜きをもたらす幼なじみの存在は、克也にとっても大事なものでもあった。
「なあ、かっちゃん。鍵くれよ」
 つまんねえつまんねえと訴える智に負ける形で、とうとう合い鍵を渡すことになった。結局最後には智の思い通りに事が運んでしまうのは忌々しいが、仕方がない。小さい頃から続いている腐れ縁だ。
「いいか。絶対に部屋を荒らすなよ」
「分かってるって」
 冷蔵庫のものは食べたらあとでちゃんと補充することなどを厳しく言いつけ、うんうんと軽々しく返事をしている智に念を押す。
 それから、くれぐれも人の留守の間に女なんか連れ込んだら縁を切るとも。
 マリコに振られ、一生分の恋を使い果たしたと言った智は、今は生まれ変わったことにして新しい恋に没入している。
 誰と恋をし、どこで何をしようが、それ自体は諦めている。だが、自分の部屋で、自分の布団の上で女を抱くことだけは許さなかった。やるなら余所で思い切りやればいいと思う。


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