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明日晴れたら〜ろくでなしの恋 22 |
大量の荷物を持たされて、自分の住んでいる駅に降りる。 聞いていた智の住まいは、克也のアパートから駅をはさんで反対側に位置していた。 「なんでこういう微妙な位置にいやがるんだよ」 都心に近い土地は、それなりの家賃が相場だ。克也のアパートは古さと環境がものをいい、格安で借りられているが、他はそうはいかない。駅から相当離れないと分相応のところは借りられないし、そうまでするなら実家から通っても変わらないと思うのだが。 お袋さんが言うには「それでも行くんだもん」と言うことを聞かなかったらしい。 就職を決め、学校の方もかなり真面目に通っていたらしい。バイトを増やし、新居への引っ越し費用はすべて自分で賄ったそうだ。 お袋さんに教えてもらった住所を探して駅向こうを行く。こちら側にはほとんど来ることがなかったから、建物や電柱の表示を頼りに歩いて行った。小さな公園があり、そこを過ぎたところを曲がると智の住むマンションがあるという。 たぶんあの公園だろうと見当を付け、その先にあるはずの角を探そうと顔を向けると、そこに智が立っていた。 辺りはすっかり夜になり、外灯が灯っている。その下に人待ち顔で立っていた智は、克也を見つけると、ぱ、と笑顔を作り、それからしなしなとそれを引っ込め俯いた。 智の立っている場所に無言で近づく。外灯に照らされた影は小さくて、ゆらゆらと揺れ、近づいた克也の影がそれに重なった。 「……待ってたのか?」 問いかけると、智は一瞬顔を上げ、またよろよろと斜め下を向いてしまった。 「母ちゃんから電話があって。おかず持たせたからって」 「飯、御馳走になってきた」 「うん」 家、分かんないと困ると思って。 俯いたまま小さく言い訳をしているつむじをじっと見つめる。お袋さんから連絡をもらい、居ても立ってもいられなくなったのか。 見慣れたつむじを見て笑みが零れた。 「……ビールとハム」 俯いているつむじに「ありがとうな」と声を落とした。 「それから、就職おめでとう。去年の暮れ、言うのを忘れてた」 つむじが動き、少しだけ上を向く。その表情がじわじわと笑顔に変化していった。 「うん。ありがとう」 「頑張ってんのか?」 「うん。頑張ってる、と、……思う、たぶん」 「心許ねえなあ!」 呆れたように出す声が、前と一緒の調子になって、それを聞いた智も「へへ」と笑った。 「おら、行くぞ」 突っ立っている智よりも先に角を曲がり、早く来いよと振り返る。 「すげえ量持たされてんだよ。着いたらまず冷凍するもんと冷蔵もんと振り分けろってさ」 「かっちゃん」 大股で先を行く克也の後ろをチョコチョコとついてくる。 「来てくれんの?」 「すげえ荷物だっつってんだろうが」 ほら、半分持てと渡してやる。智はそれを嬉しそうに受け取って、克也の隣りに並んだ。 「それにしても、お前もまた……」 とんでもねえところに越してきやがって。 「駅から遠いんだよ」 「そうなんだよ。不便でさあ。参ってるんだ」 「馬鹿か。自分で越して来たんだろうが」 「うん」 「歩いて通ってんのか? 駅まで」 「自転車で行ってる。雨の日はカッパ着て」 「おお。根性出してんな」 「うん。俺、頑張ってるんだよ、かっちゃん」 「自転車ごときで威張るな」 荷物を持っていない方の腕で智の頭をガシャガシャとかき回した。 「ちょ、やめてよ。乱れるだろ」 頭を振って回避して、手櫛で直し、それからまた隣りに並んできた。 少し行った先の白い建物の前で智が止まり、ここだよと言った。三階建てのこじんまりしたマンションの、三階の部屋が自分の部屋だと指をさす。入ろうとする背中に声を掛け、煙草を一本吸わせろと待ってもらう。 「お前の部屋、どうせ禁煙だろ?」 ポケットから煙草を出している克也に智は「別に禁煙じゃないよ」と言ってきた。 「灰皿あるし」 「お前煙草吸うのか?」 「俺は吸わない。でも、灰皿はあるよ」 そう言って笑い、早くおいでよと今度は智が先に歩き出した。出しかけた煙草を仕舞い、その背中に「俺も自転車買うかな」と言ってやった。それを聞いた智が振り返り、近所に安いところがあるからと言って、笑った。 「カッパは着ねえけど」 でも晴れた日は。 安っすい自転車に跨って、こいつの部屋に行くんだろう、きっと。 |
novellist | 2部へ続く |