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恋なんかじゃありません
馴れ初めなんかじゃありません
6
「それはそうと、今日放課後暇だろ?」
 話が唐突に変わる。そしてどうして断言するんだろう。せめて「暇ですか?」と聞いてくれないものだろうか。まあどっちにしろ答えは同じだが。
「暇じゃないです」
「カラオケ行かね?」
「だから用事があるって言ってるでしょうが。嘘じゃないですよ。マジで用があるんです」
 怜汰にだって友達はいる。先輩ほど多くはなくても普通にいるのだ。
「あー、……そうなの?」
「しょぼくれたって駄目ですよ」
 途端に元気の無くなる先輩。いいじゃないか、他を誘えば。
「本当にクラスの用事があるんです。体育祭で着るクラスTシャツの発注をしに行くんです」
 来月にある体育祭のために各クラスでオリジナルTシャツを作るのが、この学校の恒例行事らしく、この日だけは各クラス皆お揃いの出立ちになり、クラス一丸となって挑むのだ。
「先輩んとこも作ってるんでしょう?」
「うん。作ってる」
「何色?」
「青。サムライブルー」
「ふうん。先輩も着るんですか?」
「そりゃ着るさ。なんだ。楽しみか?」
 なんでそうなる。
「体育祭のときも学ランなのかと思った」
「応援団はするけどな」
「その日もその頭?」
「さあ、どうだろう」
 先輩が悪戯っぽく笑った。
「見てえ? 俺のサラ髪」
「いーやー」
 想像できないし特に見たくもない。というか、毎日そんなにガチガチに固めてコテを当てて、サラ髪になるとは到底思えなかった。
 各クラスで作るTシャツは学校御用達の業者もあるにはある。だけど、どこのクラスにもそういったもののデザインなどが得意な人はいるもので、また、バイト先などで仕入れた独自のルートを使って、安く、個性的なTシャツを作ろうと皆やっきになるのだ。
 デザインや業者探しには参加できなかった怜汰だが、その店に出向き、値切れるまで値切り、尚かつグレードを上げる交渉役を仰せつかった。その辺は怜汰の得意とするところだった。適材適所だ。
「そっか。今日は駄目なのか」
「ちょっと遠いんですよね」
 都内ではあるが電車で東京の反対側まで遠征するような距離にあった。交渉組は三人で、そのあとその連中とそれこそカラオケにでも行こうかという話になっていたのだ。
「そういうわけなんで」
「しょーがねーかぁ」
 理由を聞いてやっと納得したらしい先輩は、それでも大袈裟に「つまんねーの」と天井を仰いだ。
 つまるもつまらないも、カラオケに行きたいならジャイアンでも誘えばいいじゃないかと思う。ジャイアンだから歌は酷いかもしれないが。
 毎日昼に付き合っているのだ。先輩のお陰で怜汰を昼に誘ってくれるクラスメートがいなくなった。「先約済み」というレッテルが貼られていて、どうにも納得はいかないが、それも仕方がない。
 まあ学年も違うのだからいつまでも続かないだろう。そのうちこの先輩も飽きるだろうし、もっと付き合いもよくて愛想もいい仲間を見つけるだろうし。
 午後の授業を終えて、約束通りクラスメートと三人で電車に乗った。 
 怜汰は自分の才能を遺憾なく発揮して、期待通りの成果を得られた。子どもだからと足元を見られることもなく、こちら側の要求もちゃんと通した。値段的に折り合いの付かないところはとことんまで話合い、説明を聞き、ここまでなら妥協できるというところで収まった。
「君、商売上手だねえ。卒業したらうちで営業しないかい?」
 店の人にそんな軽口を叩かせ、お互いに気持ち良く交渉を終えられた。
 期待されたとおりに仕事を遂行し、満足を得られた。クラスの連中からもきっと不満は出ないだろう。
 何もかも上手くことが運んだ一日だった。
 それでは打ち上げにカラオケに行こうかと、入っていった部屋に、先輩が先にいたことだけを除いては。
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