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恋なんかじゃありません
馴れ初めなんかじゃありません
5
「よお。飯行くぞ」
 今日も教室にやってきた先輩に連れて行かれる。
 始めの頃こそ抵抗した怜汰だったが、二週間も過ぎた頃から諦めがついた。
 四時間目が終わると同時くらいに一年の教室に現れる先輩は、怜汰を誘って食堂に行く。弁当のときもあったし、学食のうどんとお握りのときもあったし、菓子パンのときもある。
 それは怜汰も同じで、ただ、昼食を持って食堂に連れて行かれ、一緒に食べるのが恒例になってしまっている。諦めはついているが、どうしてこうなっているのか未だに分からない。
 すでに二人の指定席と化してしまった窓際の席に向かい合わせになって座り、飯を食う。怜汰の昼は今日も母の作った弁当で、先輩はコンビニ弁当だった。
「お前らまた一緒か。三ノ輪、苛められてないか?」
 同じ食堂で昼飯をとろうとやってきた教師が、怜汰に声を掛けてきた。
「もし市ヶ谷になんかされたらすぐに言うんだぞ。分かったな」
 教師が怜汰の肩を叩いた。
「苛めはいかんぞ、市ヶ谷」
 次に市ヶ谷先輩の頭を叩こうとして、先輩は素早くそれを回避した。頭に触られるのは先輩にとって、一大事なのだ。
「苛めてないって! ひでーな」
 危機を回避した先輩が笑っている。
「仲良しだもんなー」
「そうでもないです」
「照れんなよ」
「なんで照れる」
「ほら、卵焼きやっから。あーん」
「それ僕の弁当ですが」
 後ろにいた生徒がうどんを噴いた。
 リーゼントに学ランという異色な格好のお陰で学校の名物的な先輩だったが、そのキャラも手伝って、ジャイアン以外にも友達は多く、教師にも生徒にも、こうして気軽に話し掛けられる。
 格好こそはこんなだが、中身は至って真面目らしく、素行も悪くないらしい。子どもの頃に観た映画の主人公に憧れて、真面目にそのファッションをなぞっているんだそうだ。文字通りの形から入っちゃったタイプ。そして形だけで満足するタイプだ。
「中学んときが厳しくてさ。運動部は全員丸坊主なのよ」
 活動は緩いのに校則は厳しかったという都立の中学校に通っていた先輩は、卒業したらどうしても好きな格好になりたくて、この高校を選んだのだそうだ。
 怜汰たちの通う学校は、服装も自由で、いわゆる校則というものがない。髪を染めようと化粧をしようとピアスをしようと何でもあり。バイトも禁止されていない。とにかく法に触れなければ自己判断で自由なのだ。
 そんな自由な高校に晴れて入学した先輩は、髪を伸ばし、バイトを重ねて私服の学ランを買った。短ラン、長ラン、紫のシルク裏地に龍の刺繍入りは、夏休みすべてを費やして稼いだ金で買ったらしい。
 髪型にはかなりのこだわりがあるらしく、ワックスはこれ、コームはこれ、と決めている。コテといわれるアイロンで毎朝時間を掛けて作ってくる。
 頭を触ってくるやつは親でも許さないと言っている先輩だが、悩みの種は、家から駅まで自転車に乗ると、髪の毛にときどき虫がくっついてくることだそうだ。蝶だったり羽虫だったり。苦労して撫で付けたウォーターワックスに飛んできた虫がくっついて、そのままお亡くなりになり、哀しいことになるらしい。
「歩くハエ取り髪ですね。嫌なら止めたらいいのに」
「これはぁ、譲れねえの」
「そうですか。じゃあ仕方ないですね。虫も気の毒に」
 怜汰なんかよりずっと虫を殺生している先輩だった。
「じゃあ、今度虫がついたらさ」
「近寄らないでくださいね」
「なんだよ。埋めてくれよ。花壇に」
「先輩を?」
 後ろの生徒が今度は牛乳を噴きだした。
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