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恋なんかじゃありません
馴れ初めなんかじゃありません
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「あんまり下の名前を連呼しないでもらえます?」
「なんで? だってお前『れんた』だろ?」
「そうですけど」
 呼び捨てにされる筋合いはない。
「じゃあ、なんて呼ぶ? 『れんれん』?」
 もっと嫌だ。
「普通に名字でいいです」
「そんな他人行儀な」
「他人でしょうが」
「俺のことも『りき』って呼び捨てでいいぞ」
「んなことできるわけないでしょうが。何様ですか僕は」
 先輩の名前は『市ヶ谷吏生いちがやりき』という。
 周りから「りー」とか「リー先輩」とか呼ばれているのは知っていたが、リーゼントの「りー」だと思っていた。「りき」なら「吏生先輩」でいいと思うのに、わざわざ「リー」になっているところがやっぱり半分はリーゼントに由来していると予測した。
 なんでもいいが、とにかくお互いを呼び捨て合うほどの仲ではない。普通に「市ヶ谷先輩」でいいではないか。それなのに先輩は「『リッキー』って呼んでもいいぞ?」と、更に難題をふっかけてきた。そして何が可笑しいのかうふふ、とひとりで笑っている。
「……特別、な?」
 なんでそこで照れ笑いをする。
「呼びませんから」
「なんでだよ」
「『リッキー』はないでしょう。恥ずかしい」
「照れんなよ」
 違う。言葉通りに恥ずかしいだけだ。まるっきり日本人の学ランリーゼントを何が哀しくて「リッキー」などと呼ばなければならないのか。
 そんな呼び方するやつがいたら会ってみたいもんだと鼻で笑った。
「よう。リッキー、昼飯?」
 ……すぐに会えた。
「よう。ジャイアン」
 しかも『ジャイアン』だった。
 リッキーのクラスメートと思われるジャイアンは、丼の乗ったトレイをテーブルに置き、怜汰の隣に座った。窓とジャイアンに挟まれる形になり、出て行けなくなってしまう。
「なに? 一年?」
 ジャイアンがこちらを覗いて聞いてくる。「はあ」と首を掬うように返事をした。
「昨日学校の花壇でな。いいだろ」
「おう」
 リッキーとジャイアンの会話は端的過ぎて意味が分からない。花壇で何があったのか。そして何が「いいだろ」なのか。しかしながら昨日学校の花壇でこの先輩に声を掛けられ、金を揺すられたと勘違いし、昼食の約束を一方的にされた仲ですと、怜汰も説明する義理もないので黙っていた。
 それにしても隣のジャイアンがトレイに乗せている、たぶん昼食なんだろうが、それがなんとも……凄い。
 丼には先輩と同じくうどんが入っているが、一緒にいなり寿司もあり、本人持参だろう弁当箱も乗っている。二段重ねの弁当箱は蓋を開けたら二段とも飯が詰まっていた。飯だけが。
「二時間目でおかず全部食っちまったから」
 テーブルに置かれた昼食みたいなものに視線を注いでいる怜汰に、ジャイアンが答えてきた。
 どうやらジャイアンは弁当を二つ持参しているらしい。そしておかずだけを先に食ってしまったらしい。なので、昼食は残った白米にいなりにうどん。……全部炭水化物だった。まあ、西のほうにはお好み焼きとご飯とたこ焼きが定食で出てくるところもあるらしいから、ご飯のおかずにご飯を食べてもいいのだろう。なにしろ『ジャイアン』なんだから。
 ジャイアンの食事は量が量なだけに、流石に一分というわけにはいかず、三分掛かった。食べ終わっても席を立たず、そのまま居座っている。
 ジャイアンに行く手を阻まれてしまった怜汰は結局教室に戻れず、リッキー先輩の相手をする羽目になり、名前を呼び捨てのまま連呼され続け、昼休み全部を使ってしまうことになる。
 そして何故かその日から、毎日このリッキー先輩に呼び出され、一緒に昼飯を食べることになるのである。
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