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恋なんかじゃありません
馴れ初めなんかじゃありません
3
「……三ノ輪。なんか呼んでる」
 次の日の昼休み。
 教科書を片付けて、何もなくなった机の上に持参の弁当を置いた怜汰を同級生が呼びに来た。
「怜汰呼べって」
 教室のドアの向こうに昨日の不良が立っていた。今日は長ランを着ている。頭はしっかりとリーゼントだ。
「よう。怜汰。飯行こうぜ」
「なんで」
「だって昨日『また今度』って言ったじゃん」
 あれは社交辞令だ。断る常套文句だ。
「早く行こうぜ。席が埋まる」
 怜汰が返事をする前に歩き出す先輩。
「ちょ……僕、今日弁当なんすけど」
 勝手にスタスタを行ってしまう先輩の背中に慌てて声を掛けると、
「あー、そうなの」と振り返り「早く持って来いよ」と言った。
 教室前のドアに凭れ、怜汰を待っている。なんで? と思うが無視するわけにもいかず、断って面倒臭いことになるのも面倒だった。 
 仕方なく机の上の弁当を持ち、廊下に出た。学ランの先輩は「おう」と、当然のように怜汰の前を歩いて行く。
 学食はそれなりに混んでいた。うどんを啜っている者もいたし、買い弁の者も、怜汰のように持参弁当を広げているものもいる。
 学校の学食はそれなりに広いがメニューが少ない。数年前まで夜間学の生徒のためにあった食堂で、今はその夜学がなくなり、用をなさなくなった。今は昼間の生徒のために食堂のおばちゃんが二人いるが、メニューは麺類と業者から仕入れたお握り、いなり寿司と肉まんという、簡単なものだけだ。
 先輩に連れられて食堂の奥の窓際の席に着く。怜汰が座ると先輩は調理場のカウンターに行った。うどんかそばを食べる気らしい。出来上がるのを待つ間、カウンターに肘を付き、おばちゃんとしゃべっている。怜汰はその間に持参の弁当を広げ、ひとりで食べた。
 ゆで汁を切ってつゆを掛けるだけのうどんはすぐにできあがったが、先輩が席に戻ってくる頃には、怜汰の弁当は半分近くが減っていた。
 怜汰が先に食べ始めていたことに気分を害する様子もなく、先輩は箸を取り、「いただきます」の声と共に、ズゾ、ズゾッ、ズゾゾッ、と三回啜っただけで、怜汰よりも早く昼飯を食い終わっていた。
 汁まで全部飲みきった先輩は「足んねーな」と、また席を立っていった。次には肉まんを手にし、こちらに歩いてくる間に半分食っていた。
 席にいる時間はたったの一分間。その間に怜汰も弁当を食べ終わった。わざわざ食堂まで連れて来て、何がしたかったんだろうという食事風景だった。
「ごちそうさまでした」
「おいおい。なんだよ」
 弁当の蓋を閉めて教室に戻ろうとしたら引き留められる。
「だってもう食べちゃったし」
 広いといっても生徒全員収容できるほどの広さのない食堂は、席が空くのを待っている生徒が立っていた。まして怜汰はまだ一年だ。禁止されているわけではないが、食堂は上の学年が使うのが何となく常識で、だから怜汰は弁当のない日も、買ってきたものを教室で食べる。他の一年もそうしているからそうしている。
「まだ俺食ってるし」
 手に持った肉まんを掲げ付き合えと言う。つか早く口に入れろよ。一口じゃん。うどんを三口で食べるくせになんで肉まんに時間が掛かるんだよ。
 と、思ったが、先輩は肉まんをなかなか口に入れずにしゃべり出した。
「ほら、座れって、れんた」
 初対面に近いのにさっきから下の名前を呼び捨てられている。
「ほーら、座れって、れんた」
 一応先輩だから文句は言わないが、あまり親しげに呼ばないでほしいと思う。
「なんだよ。肉まん欲しいのか?」
 文句は言わないが顔には出たらしい。というかわざと出した。
「れーんた?」
 三回言われて頭にきた。
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