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恋なんかじゃありません
2
「何してんだ?」
 昼休み。
 学校の花壇の前にしゃがみこみ、穴を掘っている怜汰(れんた)の後ろで声がした。
 振り向いたら不良がいた。なんだ。恐喝か。
 声を無視してまた前に向き直る。
「よう。何してんだって聞いてんの」
「僕、今三百二十円しか持ってませんけど」
「ああ?」
 教室に行けばロッカーの鞄に財布があるが、今ポケットにあるのはそれだけだった。売店で八十円の牛乳と、百円の菓子パンを買ったので、今日の昼飯代として持たされた五百円の残りがそれだった。
 母は正看護師をやっており、夜勤明けなどは作るのが大変だろうと怜汰のほうから申し出た。それでも売店のパンやコンビニのお握りだけでは足りなかろうと、母がお総菜を作り置きしてくれたり、飯を炊いてくれたりもするが、それを自主的に詰めるのが今度は自分が面倒で、ここ最近は弁当のない日はずっとこんな感じだ。
 だから恐喝されても今は三百二十円しか持っていない。
「それでいいですか?」
 下手に抵抗して殴られたりするのも嫌なので、仕方なく立ち上がり、土の付いた手をパンパンと払ってからポケットに入れた。
「金くれんの?」
「要らないんですか?」
 じゃあなんで話し掛けてきたんだろうと思う。
 目の前にいる不良は、不良然としてそこに立っている。キッチリと固めたリーゼントは今どきこんな髪型するやついるか? と思うが、現にいるからいるんだろう。
 怜汰の通う学校は私服が許されていて、生徒は皆それぞれ好き勝手な格好をしてやってくる。一応標準服なるものがあり、怜汰のように毎日着る服を選ぶのが面倒な連中もいて、それも自由だ。
 それにしてもうちの学校の標準服はブレザーなのに、この不良はわざわざ学ランを着ている。コスプレとしか思えない出立ちは、学校の中でもかなり目立ち、怜汰もこの不良の存在は知っていた。確か一学年上の二年生だ。
「くれるって言うならもらうけど」
「あげたくないですけど」
 不良が変な顔をした。
「カツ上げじゃないんですか?」
「俺、何してんのって聞いただけだけど」
 何だよ。紛らわしいなとポケットの中で握っていた小銭を手から離した。
「なあ、何植えてんの? 何かの種?」
「そんな勝手なことしません」
「じゃあ何してんだよ」
「埋めてるんです」
「だから何を?」
「虫の死骸です」
 今朝、図らずも怜汰が引き金と思われる事件で蝶が死んでしまい、そのままそれをポケットに仕舞いこんでいたのを昼休みに手を洗っていたときに思い出し、ゴミ箱に捨てるのもどうかと思い、一応土に還す作業をしていたところだった。
「ちょっとは肥料になるかなとかも思って」
「ふうん。何の虫? 蝉? 拾ってきたの? 趣味?」
「蝉なんか拾っていちいち埋めてたら花壇が蝉だらけになるでしょうが。それに趣味ってなんですか。そんな得体の知れない趣味持ってないです」
 恐喝でもなく、ただ退屈しのぎに話かけてきたのかと納得し、怜汰は花壇に向き直り、作業を続けることにした。
 ティッシュにくるんだ蝶は二センチ四方にも満たなくて、ほんの少し作っただけの窪みにすぐに収まった。その辺にあった木の枝で掘った穴を、もう一度埋めていく。ゴミ箱よりはいいと思ってここに埋めただけなので、別に墓標も何もいらないだろうと、手にしていた木の枝はその辺に投げた。
「……友達いねーの? 俺、なってやろうか?」
 怜汰の後ろでずっと作業を見ていた不良が突然そんなことを言い出す。
「なんでそうなるんですかっ」
「だって、こんなところでひとりで背中丸めて『禁じられた遊びごっご』とか。寂しいじゃないか」
 やさしげな顔をして、慈悲深げな声を出し、そんなことを言っている。短ラン、リーゼントで。全然セリフと格好が合致していない。
「結構です。っていうか、なんすか、『禁じられた遊びごっこ』って」
「小動物殺して土に埋めて墓作る遊びだろ?」
「へえ。つか、僕は遊びじゃないです」
「本気か!」
「違うって!」
 飄々としているリーゼントの先輩の言うことは、本気なんだか冗談なんだか、「禁じられた遊びごっこ」というものが本当にあるのかどうか、あったとして果たして本当にそんな意味なのか、まるで信用できない。
 だいたいあんたこそここで何してんだよと思いながら、作業も終わったことなので、教室に戻ろうとリーゼント先輩の横をすり抜けようとした肩を掴まれた。
「じゃあ、行こうか」
「どこへ? もう昼休み終わりますけど」
「俺、次自習だもん」
「僕は違います」
「まあまあ、飯食おうぜ。三百二十円しかねえんだろ? 驕ってやる」
「いいですってば。昼飯ちゃんと食べました」
「まあまあまあまあ。友達だろ? 付き合えよ」
「いつ友達になったんですか」
「今だろ」
「僕には覚えがありませんが」
 まあまあまあと、腕を肩に回されたまま連れて行かれる。
 怜汰より二十センチは高い先輩に首根っこを掴まれて歩く様は、まさに不良に拉致され、これから体育館の裏に連れて行かれ、金を巻き上げられると言ったほうが正しい案配で、結局これが、怜汰と先輩との出会いということになるのだった。
 
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