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たったひとつ大切に想うもの


  世の中の全てが嫌いだ。
 きれいなものなんて、なにひとつない。
 目に映るどれもが汚くて、口に入れる全部がまずくて、耳に入る全ての音がうるさい。
 何も好きじゃない。だから、好かれなくても平気だ。
 自分のことだって大して大事じゃない。好きでもないし、どうなったっていい。
 何も怖いものはなかった。
 先生に叱られようと、家族に疎まれようと、学校で無視されようと、全然怖くなかった。
 好かれたいなんて思わない。好きだと思ったことだって一度もない。全然平気だ。一人が一番楽だって知っている。人に合わせて自分を抑えるなんて、バカらしい。
 仲良し同士で班を作る時だって、あぶれ者が集まる所にいけばいい。黙ってそこにいれば、そのうち班が決まる。俺はずっとそこで動かないでいればいいだけだ。
 あぶれ者はあぶれ者の中で「自分はこいつよりはましなはずだ」って思っているのだって知ってる。バカみたいだと思う。たまに、優しいふりをした女子が「陸君、こっちの班に入る?」なんて、同情心丸出しで、あたしって優しいでしょ? って周りにアピールするのに吐き気がする。「ばっかじゃねえの?」って睨み返すと、「ヒドイ」って周りの女子にまで責められるのが面倒くさい。一人じゃ便所にも行けないくせに。
「お前ら一緒に便所行って、うんこも一緒にするのか? 一個の便器に尻集めてしてんのか?」
「やだ〜 やめてよ〜」
「尻拭くときもお互いに拭き合うんだろ。きったねえ!」
「そんなこと、するわけないじゃん」
「きったねえ! きったねえ!」
「せんせぇ〜、陸君が、真紀ちゃん泣かせました〜」
 女子はすぐ先生に告げ口をしに行く。自分で言い返すことも出来ない。本当にばっかじゃねえの?
 呼ばれて仕方なくこっちにやってきた先生の後に固まって「ひどいよねぇ」「ちょっと家が金持ちだからってねぇ」「自分が一番偉いって思ってるんじゃない? 錯覚だよねえ」などと頭の悪そうな悪口を並べている女子に「がーっ」っと口を開けて威嚇してやったら、先生がますます困った顔をして、気持ちの悪い笑顔で「こらこら、吉沢君、止めなさい」と言った。
 先生も馬鹿みたいだ。みたいじゃなくて、馬鹿なんだろうな、本当に。うしろの生徒を庇う振りをしても、自分が大事だから強く言えないでいるのが丸わかりだ。俺が問題を起こして、保護者を呼び出さなくちゃならなくなるのが嫌なだけだ。呼び出された俺の保護者のじじいに文句を言えないんだ、このへなちょこ教師は。
 じじいが俺に興味なんか全然ないことをこいつは知らないんだ。俺が何の問題を起こそうと、ただ面倒だと思っていることなんか、まるで知らないんだ。だから、俺のうしろを怖がって何も言わない。俺が攻撃をするたびに、女子やたまに弱っちい男子までもが先生の所へ助けを求めに行った時「あの子はどうしようもないんだから、放っておきなさい。近づかないように」って、もっともなアドバイスをしたのを知っている。
 女子がひそひそと囁き合っていたように、俺の家は金持ちだ。金持ちというよりも、この辺の権力者だ。校長や市長なんかよりずっと強い。
 ちょっと前に引退したらしいが、じじいは代議士っていうのをやっていた。今は何個かの会社の名誉会長っていう、名前だけの仕事をしている。じじいのそのまたじじいの時代から、関東地方の北にあるこの地域の発展のために尽力したとかで、でっかい自動車会社の工場を誘致したのも、何にもないこんな辺鄙な場所に高速道路を通さしたのも、これからは人材教育だとかなんだとか言って、有名な先生を引き抜いて学園都市を造る計画を立案したのもじじいだって言われている。
 だから俺の通う公立の小学校も、変に綺麗で明るくて設備も整っている。俺がいるからっていう理由でじじいが要らない寄付をするからだ。
 もっと昔は「書生」っていって、ここ出身の人だけでなく、他の地方からも優秀な人が俺の家に何人も住んでいたらしい。東京にも『吉沢寮』なんて名前の家を持っていて、学生の学、食、住の面倒をみていたらしくて、その人たちが政治家になったり、教授になったり、どこかの社長になったりして、そのための面倒を全部じじいがみたそうだ。だから未だになにか大きな計画が持ち上がったりしたときには必ずじじいの所に人がやってきてお伺いを立てたりしている。ご苦労なことだと思う。
 だから周りの大人は俺を遠巻きにする。腫れ物に触るようにおっかなびっくり接してくる。







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