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たったひとつ大切に想うもの
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 だけど、俺のこの攻撃的な性格が、じじいに権力があるからだって思われるのも癪に障る。言っておくが、俺は生まれた時からこんな性格なのだ。決して甘やかされたからだとか、我儘放題に育てられたからじゃない。俺は生まれながらにひねくれていて、嫌な性格の奴なのだ。誰かのせいでこうなったなんて思われるのが物凄く腹が立つ。
「小学校最後の遠足なんだから、みんなで仲良くやりましょう」
 先生がますます気持ちの悪い笑顔でそんなことを言って、この場を何とかやり過ごそうとしている。本当に脳なしだと思う。それでも告げ口をしたことで満足したらしい女子たちが席に戻ったから、俺もそのあとについて席に戻ろうとして、気が変わった。
「おい、そんなに俺と同じ班になりたいんだったら入ってやろうか」
「もういいよ」
「なんでだよ。入って欲しかったんだろ? 入ってやるよ」
 嫌がる女子の班で、もっと嫌がることをしたら楽しいかもしれないと思った。小学最後の遠足だって先生も言ってたし。俺はニヤニヤしながら「入れてよ〜」と、女子の真似をして体をくねらせた。
「ちょっと、真紀が誘ったのは陸君がいつも一人で可哀相だと思ったからでしょ。そういう嫌がせみたいなことしないでよ」
 いつも真紀と一緒にいる小野寺洋子が反撃してきた。こいつは気が強くて、しょっちゅう俺と喧嘩になる。
「別にぃ〜、入ってって言うから入ってやろうって言ってるんじゃん」
「だから、もういいって。感謝の気持ちもない人を入れてもこっちが気分悪いよ」
「はあ? なんで俺が感謝なんかすんの?」
「だから、もういいから。あっち行ってよ」
「俺、可哀相だから可哀相がってくれてありがとうって泣けばいいのか?」
「だからぁ、もういいって!」
 険悪な顔をした小野寺洋子の顔が面白くて、尚も「可哀相なんだから入れてよ〜」とわざと泣きそうな声を出してしつこくからかっていたら、みるみる洋子の顔が歪んできて、それが醜くて面白かった。
「うわ、すっげえ、ブス。心の汚さが表れたようなブスだな」
 小野寺洋子の顔がサッと蒼ざめたのがわかった。
「ブース、ブース、心の汚ねえ、救いようのないブス」
「なによっ、あ、あんたなんか……みんな知ってんだからね!」
「はあ? 何を?」
 小野寺洋子がぶつぶつと口の中で何か言った。それからもう一度「そんなふうにしてもみんな知ってるんだから」と意地悪な笑みを浮かべた。俺の上を行くような邪悪な顔だ。
「だから何言ってんの? 聞こえないように言ってんじゃねえよっ。どうせたいしたことねえんだろ? すぐそうやって何でも大げさにすんだから」
 小野寺洋子の口まねをして「私、しってんだからぁ〜」と言ってやった。小野寺洋子の顔がどんどん変わってきて、うつむいた顔から目だけが上向いて、俺を睨み付ける顔が悪魔みたいに醜かった。それを指さして大声で笑ってやった。
「スゲー顔! 見ろよ、こういうの三白眼っていうんだろ? ぶっさいくだな」
「なによっ! あんたなんか、貰われっ子のくせに!」
 一瞬教室がシーンとなった。
「みんな……知ってんだから! あんたがどっかから貰われてきたこと」
「……で? だから、なに?」
「だ、だから、あんたなんか、威張ったってどうしようもないんだから。怒ったって怖くないんだからね」
「べっつにぃ、俺、あそこん家の子だから威張ってる訳じゃねえもん」
「だって……」
「それに俺、正真正銘吉沢の家の子だよ」
「うそ」
「本当だよ。ちゃんと血が繋がってるし」
 ご丁寧にDNA鑑定までして調べてもらった。もちろんじじいが命令したことだ。血が繋がっていて、さぞかし後悔しただろう。
「いいこと教えてやろうか。俺は吉沢の家で生まれたんだけど、いらないからって捨てられたの。そんで、後になってやっぱり入用になったから、また拾われてきたの」
「え」
「いらなかったんだけどー、やっぱいるかもー、返してもらおーって。だから俺は吉沢ん家の子なんだよ」
 混乱して二の句が継げなくなった小野寺洋子の困惑した顔が痛快だった。
「がっかりした? 残念だったね、俺をやり込めることができなくて」
「そんな……」
「俺がショックを受けると思った? 傷ついて泣けばいいと思ったんだろ?」
「違うよ……」
 力なく俯いた小野寺洋子に蟻がたかるようにして真紀や他の女子が集まって同情するふうを装っている。
「俺が貰われっ子で可哀そうだから班に入れてやろうと思ってくれて、ありがとうなっ」
 語尾と一緒に目の前の机を蹴とばした。ガンッと音を立ててちゃちな机がひっくり返った。「キャッ」と怯えてお互いに縋るようにして固まる女子を見ていて気持ちが高揚してくる。
「そうなんだよ俺ってもらわれっ子なんだよ一回捨てられてまたおんなじ人たちに拾われたんだよ可哀相なんだよって、小さくなってたらいいんだよなっ」
 ひっくり返った机を何度も何度も蹴った。自分でもなんでこんなに昂っているのかわからない。だけど止められなかった。
「ごめ……、陸君、ごめんなさい……」
「ちゃんと親に言っとけ。俺は貰われっ子だけど、正確に言うと捨てられてからもう一度貰われたんだってなっ」
 蒼い顔をして泣いている小野寺洋子の顔が本当に醜いと思った。隣の真紀も、周りにいる奴らも、遠巻きに見ている他の連中もみんな醜い。
 醜い、醜い、醜い、醜い
 心の中で叫びながら、先生に背中から取り押さえられて引きはがされるまで、俺は机を蹴ることを止めなかった。







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