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さよならの前に君に伝えたかったこと
1

 喧嘩別れなんてするもんじゃないと、つくづく思う。
 いつだってきっかけはバカみたいにしょーもないことなのに、お互い引くに引けなくなって、罵詈雑言の応酬なんかしているうちに、喧嘩の原因ってなんだったっけ? なんて、忘れちまうぐらいのものばっかりで。
 それなのに、お互いに惰性で言い合いを続けているうちに、収集がつかなくなることなんてしょっちゅうで、最後には少ないボキャブラリーも尽きて「バーカ、バーカ」とか、「死んじゃえ」とか「お前の母ちゃんでべそ」なんてほざいて、走って逃げるのがパターンだった。今どき幼稚園児だってそんなこと言わねえっつうの。
 冷静に考えれば――まあ、考えなくても俺の場合、悪いのが自分だって分かってるんだけど、素直に謝れない。
 俺の方が怒ってるんだとか、俺の方が繊細だから傷ついているんだとか、無理矢理に怒りのボルテージを上げて、向こうが謝って来るのを待っているわけだ。
 携帯の電源をわざと切って、そのくせその間じゅう、携帯が気になって気になって仕方がなくて、一瞬だけ電源を入れてみて、何も入っていないとまた頭にきて放り投げたりして。
 一晩反省しろ! なんていきり立ってても、一晩明けると、反省してるのは自分の方で、あいつが迎えにきてくれなかったらどうしようって不安で、口きいてくれなかったらやだな、なんて落ち着かなくて。だけど、いつものように普通に迎えに来られると、嬉しいくせに仏頂面で「……おう」なんてしか言えなくて。本当にやっかいな性格の俺だ。
 だけど、友達同士の喧嘩なんて、どこもきっと似たようなものだと思うし、いつだってそう深刻になるようなものでもないわけで、ホント、朝になって顔を合わせたら忘れるくらいのものばかりだった。
 だから深くも考えなかったし、定期テストや衣替えなんかと同じ、必ず巡ってくる季節の行事のように、これからもずっと繰り返される中での一つぐらいにしか思っていなかったんだ。
 だって高校生なんだぜ?
 二度と会えなくなるなんて、考えたこともないんだから。
 国語で習う「一期一会」なんて、教科書に載ってる単語の一つだってだけで、十代の俺がそんなことを考えて、毎日の出会いや別れや喧嘩のことなんか、考えているはずがないじゃないか。

 後悔。後悔。後悔。
 十七年生きてきて、今まで数え切れないほどの後悔を味わった。ああ、あの時もっと勉強しときゃよかっただの、あん時親の言うことをちゃんと聞いときゃよかっただの、あの日、ちゃんと気持ちを伝えておけばよかっただの。
 だけど、どんなことをやらかしても、時間が経てば何とかなることばっかりだったし、取り返しがつかないことがこの世にあるなんて思っていなかったし、あったとしても、そんなのもっとずっと先の、責任のある大人になってからのことだと思ってた。
 伝えられない気持ちだって、いつかは言葉に出来る日が来るんじゃないかな、なんて思っていた。「ごめん」も「ありがとう」も「好きだよ」も、いつか言えると思っていた。
 大人になって、お互いに「あの頃はガキだったな」なんて、余裕で笑い合えていると信じていたんだ。
 あいつだってきっと俺と同じだろう。
 日常の喧嘩。明日になれば、多少の後ろめたさと恥ずかしさを持っていても、すぐにまた元に戻れるぐらいの、本当に他愛のない出来事だったはずだ。
 だからあの日、あいつは俺を置いて行ってしまえた。置いてけぼりにしたまんま、二度と会えなくなるなんて、きっと考えもしなかったんだろう。
 俺を置き去りにして行ってしまったことを、あいつもきっと後悔している。追いかけなかった俺が後悔しているように、行ってしまったあいつも絶対に後悔しているはずなんだ。
 俺の後悔とあいつの後悔。
 どっちの後悔も同じくらい重くて、痛い。
 謝りたくても、許したくても、もう間に合わない。巻き戻しが出来ない毎日を過ごしていたんだって気が付いて、愕然としたままその場に突っ立っているしかない。
 二人の後悔が交錯して、俺を身動き出来なくさせている。きっとお前もそうなんだろうな。
 だから今俺はここにこうしているんだろうか。
 なあ、圭吾。
 俺はいつまでここに、お前の傍に居続ければいいんだろう。
 どうしてもここから離れられないんだ。
 これは俺がそう望んだからなのか。それとも、お前が望んでいるからなのか?
 わからない。だけど現実に、俺はお前の傍から離れられないでいる。

 俺が、たぶん、この世からいなくなってしまったであろう、あの日から。


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