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さよならの前に君に伝えたかったこと
2

 いつもの帰り道だった。
 いつものように学校へ行って、いつものようにだるい授業を受けて、休み時間に友達と昨日のノイタミナがエロかった話なんかに盛り上がって、二時間目が終わって弁当を食っちまったから、昼は売店で買ったパンを食べて。
 いつものようにいい加減に教室を掃除して、ふざけてクラスメートと紙くず野球なんかやってて、うるさい女子に「ちゃんとやんなさいよ〜」なんて文句言われて。
 放課後、いつものように、お前、圭吾と一緒に部活に行って、こっちの方はわりと真剣にバスケやってみたりして。
 そして、いつものようにお前と二人、帰り道の土手を歩いていたんだ。
 土手下の「池田屋」で買った焼きそばパンを食べながら、自転車引いて歩いていたんだ。
 なんにも変わり映えのしない、俺と圭吾のいつもの風景。
 そしていつもと同じ、俺がぎゃあぎゃあがなり立てて、圭吾は苦笑しながら俺と並んで歩いていたんだ。
 今度の休みに一緒に新しいバッシュを買いに行こうって約束していたのに、圭吾が先に自分のを買っちゃったから、怒って、不貞腐れて、文句を言っていたんだ。
「なんで先に買っちゃうんだよ。俺、せっかく金貯めたのに。コミックスの新刊買うのも我慢して、すげえ頑張って貯めてたのに。お前がそんな薄情な奴だとは思わなかった。この、裏切り者」
 その月は俺の読んでいた週刊マンガの新刊がいっぱい出る月で、俺はそれこそ己の欲望と戦いながら我慢していたっていうのに。
「だから、お前の買い物には付き合うっていってるだろう。俺のは本当に急いでたんだって。見てただろう? 擦り切れちゃっててさ」
 知っていた。だから俺のと一緒に買いに行こうって誘ったんだ。
「そんなんあとちょっと待ってくれてもいいじゃないか」
「だから、サエがさ、付き合って欲しいって。部の用品揃えるのに荷物持ちしてくれって、ついでだし」
 サエはバスケ部のマネージャーだ。圭吾は次期キャプテンだから、一緒に行くのだって別に変なことじゃないと思う。だけど、サエが圭吾だけ誘ったのは、それだけが理由じゃないってことだって知っているんだ。
「用品だけ買ってバッシュは俺と行けばよかっただろ? 俺だって楽しみにしてたのに」
「だから、それはちゃんと付き合うって言ってるじゃないか。な?」
 機嫌を損ねた子供を宥めるように、圭吾が自分の食べかけのパンを俺に差し出して言う。   
 分かってる。俺がただ単にヘソを曲げているだけで、圭吾は約束を破ったなんて思っていない。実際破らないだろう。休みになれば、きっと俺に付き合ってバッシュを選んでくれるつもりなんだろう。
 だけど、俺は圭吾と一緒に二人のバッシュを選びたかったんだ。お揃いの、なんて気持ち悪いから、俺が選んだバッシュを圭吾に使ってもらって、圭吾の選んでくれたのを、俺が履きたかったんだ。
 子供じみたことだって分かっていた。だけど、それぐらいの楽しみがあったっていいじゃないかと隣の親友を睨んだ。
「もういいよ。買うのやめる。俺のまだヘタレてないから」
「またそういうことを言う」
 俺に差し出してくれたパンを自分の口に入れながら、圭吾が呆れたようにして言った。
「どうせ俺、お前みたく試合出れねえもん」
「それはお前がタラタラやってるからだろ」
「そんなの……」
 タラタラしているつもりなんかないのに、決めつけられてまた頭にきた。
「真剣にやればもっとうまくなるだろ? お前はやれば出来る子なんだから」
 からかうように言われた、上から目線の発言に、今度は悲しくなった。
 俺の気持ちなんか分らないくせに。俺がどんなに頑張って、お前とバスケを続けていきたいと思っているか、全然知らないくせに。俺がどれほどお前との買い物を楽しみにしていたかなんて、これっぽっちも知らないくせに。サエなんかに選んでもらいやがって!
「あーあ、俺もう、部活辞めようかな」
「またそういうことを言う」
「だって、つまんねぇもん。試合も出れないし。頑張ったって、頑張ってねえって言われるし」
 サエに圭吾を取られるし。あいつ、顔可愛いし。胸だってあるし。
 圭吾は違うって言ってるけど、周りのみんなは二人が付き合ってるって思っている。今は違っていても、時間の問題だって、俺も思っている。サエじゃなくても圭吾はそのうち誰かと付き合うんだろうってことも分かっているんだ。
「なんか、はやいとこ部活に見切りつけて、勉強に本腰入れようかな」
 これはほんのちょっとだけ、本気で考えていることだった。
「まだ二年になったばっかりだろ? ま、そっちも頑張れって言いたいけど」
「俺はスロースターターなの。準備を早くしないと間に合わないの!」
「間に合わないって、どこに間に合わせるつもりだよ」
「それは……」
「ほらな。ちゃんとした目標を定めて、初めて準備を考えるもんだろ? 闇雲に部活辞めて準備するって言ったって出来ないんだよ。そんなことより、次の試合に出れるように練習しろよ」
 そんなことよりって……。
 あまりにも軽く俺の考えをあしらわれて、反論するのを忘れて圭吾を見上げた。


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