INDEX
さよならの前に君に伝えたかったこと
3

 俺がどうしたいのかなんてお前は分らないだろうけど。早くから準備をしなきゃって焦る気持ちなんか、知らないんだろうけど。
「……お前はいいよな。部活やってても、成績下がんなくて。そうじゃなくてもどっか推薦で行けるだろうし」
「祥弘、ひがむなよ」
 ひがんでるんじゃない。そりゃ、ちょっとはそういう気持ちもあるけど。なんでも出来て、格好いいお前を羨ましいなって思う気持ちも確かにあるけど、だけど、それはひがんでるんじゃなくて、どうしたら少しでもそんなお前に追いつけるのかって、ずっと並んで歩いていけるのかって考えているのに。
 圭吾がどこに進学するのかはまだ分らないけど、出来れば一緒のところがいいなとか、もし同じ大学に行けないんなら、少しでも近くのところに行けたらいいな、とか、どんな職業についても、出来れば側に居られるようなものに、俺もなっていたいなって、本気で思ってるのに。
 すぐそこの将来も、遠い未来も、ずっとずっと傍にいたいからって、思っているのに。
「な。機嫌なおせ? ほら、焼きそばパン食うか?」
 差し出された手を払ったら、パンが飛んでいった。まだ半分も食べていない焼きそばパンが、土手下に転がっていく。
「あーあ。飛んでったじゃないか。弁償しろよ、祥弘」
「知らねえよ。馬鹿。お前なんか……もう、バーカ、バーカ! 死んじまえ!」
 今まで何とか俺の機嫌を取ろうと穏やかに話していた圭吾の顔つきが変わった。
「冗談でも言うなよ。俺、そういうの嫌いなんだって言ってるだろ」
「べっつにぃー、お前が嫌いでも俺、構わねえもん」
 本当は構う。でも口がいうことをきかない。
「ああ、そうか。じゃあ、本当にバスケ辞めるんだな」
「辞めるよ」
 ここからはもうただの口争いだ。そんなのは二人とも分かっていた。分かっていて止められない。
「だって本当につまんねえもん」
「バッシュも買いに行かないんだな」
「行かない。もう辞めるから。漫画買う」
「そうか。じゃあ、もうこれでお終いな。一緒に学校も行かないな。朝練もなしな」
「行かねえよ」
「朝、迎えに行かなくていいんだな」
「うう、いいよ」
「遅刻すんなよ」
「……しねえよ」
「わかった。じゃあな、バイバイ」
 引いていた自転車に素早く乗り込んだ圭吾は、振り向きもしないで去って行った。立ちこぎをしながら上下する背中が小さくなっていく。
 あーあ、怒らせちまった。
 いつもこうだ。今のはたぶん、俺が一方的に悪い。今までの喧嘩だって、大概の場合、俺が悪い。
 でも圭吾がどんなに俺の機嫌を取ってくれても今日は駄目だったろう。だって圭吾のバッシュはもう買われていて、俺が選んでやることが出来なくなっていたから。
 ホント、ガキですみません。
 だけど部活を辞めるって言ったのはちょっとまずかった。すぐに辞めるつもりなんかもちろんなかった。圭吾とはクラスが違うから、辞めたら一緒に居られる時間が一つもなくなる。
 明日迎えに来てくれるかなって急に心配になってきた。喧嘩はしょっちゅうだけど、バスケ辞めるって言っちゃったら、迎えに来てもらう理由がないし。
 圭吾とは毎日登校も下校も一緒だ。
 寝坊して、遅刻しがちな俺をいつも迎えに来てくれる。その為に、圭吾は自分の家から、一旦学校を通り過ぎて、俺の家に来てくれる。
 だから今だって、圭吾の帰る方向は来た道を戻る形になる。お互い反対方向へと別れる土手で、他愛のない話をしながらパンを食べたり、時々は土手下で川に石を投げたり、ただ座って空を眺めていたりして、そうしながら何となく俺の家の方向へ圭吾が付き合ってくれている。
 朝の迎えのことだって、母親には圭吾君に甘えるのもいい加減にしなさいって言われてて、俺だって何度か一人で行けるからいいって断ってるけど、あいつが笑って「俺が迎えに来ないと、お前、三回に一回は遅刻だぞ」って言うから。
 失礼な、って怒っても、でも、その後に
「ま、俺もいいトレーニングになってるしな」って言うから、まあ許してやっている。圭吾がそうしたいって言うから、そうさせている形になっていた。
 実際、圭吾が迎えに来てくれるようになった中学二年の時から、俺は遅刻知らずだ。
 圭吾とは中学んときに知り合った。
 同じバスケ部に入部して、すぐに仲良くなった。
 一緒にスタメン目指そうぜ。なんて誓い合って、でも、バスケのセンスは圭吾のほうが絶対的に上で、二年になるとすぐに選手に選ばれていた。
 俺はというと、そこそこ頑張ってはみたものの、三年の引退前にやっと試合に出させてもらった程度。それも引退の思い出作りの為に、だ。
 それでも部活を辞めようとは一度も思わなかった。
 抜群のセンスを持っているくせに、俺のことを、もっと真剣に取り組めば絶対自分の上をいくなんて、本気で信じてくれていた。
 おいおい、俺は本気だっつーの、って言っても、真顔でもっと頑張れるはずだって。だから、高校行ってもバスケ続けようなって、スポーツ選手らしく爽やかな笑顔で言ってたっけ。
 圭吾、俺は本当に、本気で頑張ってたんだぜ。かっこ悪いから、気を抜いている振りなんてしてたけど、本当は、お前と試合で一緒に走りたかったんだ。
 でも、これ、言ったことはなかったんだけど、本当は嬉しかったんだ。お前が俺を信じて、頑張れ、やれば出来るって励ましてくれたこと。お前も俺と試合にでて、俺のアシストでシュート決めて、ハイタッチしたりするのを夢見ていたんだろう?
 高校だって、バスケの推薦でよその県の有名なところに行けたのに、そうじゃなくても、もっと偏差値の高い所へも自力で行けたのに、俺と一緒の地元の県立高を選んだし。
 高校でも圭吾はバスケで注目を浴びていた。一年からスタメンで、来年三年が引退したら、次期部長決定だったし。
 俺に副部長をやってくれって。そんで、一緒に全国目指そうって。
 今のチームならそれも夢じゃなくて、本当に手の届きそうな目標になっていた。学校も期待していたし、圭吾なら実現できると俺も信じている。
 だけど、圭吾の実力を認めているのと、バッシュの件は別だった。
 サエと二人で並んでいる光景を想像して唇を噛む。お似合いなだけに始末が悪い。
 どうせ俺なんかと一緒に行くより楽しかっただろうよって思うと、どうにも引けなかったんだ。 
 明日迎えに来なかったら、わざと遅刻しようか。でも、そしたら「それみたことか」って思われるのも癪に障る。
 あーもう。気に病むくらいならあんなこと言わなきゃよかった。自分の性格が嫌になる。こんな俺に、圭吾もよく付き合ってくれてるよ、ホント。
 まっすぐな土手の先に、圭吾の姿はもう見えない。俺が追いかけて来るなんて思っていない。実際追いかけてって謝るような性格はしてない俺だ。圭吾はそんな俺の性格をよく承知している。だから今日はちょっと先に行って待っていてもくれない。怒っている証拠だ。俺だってそういう圭吾の性格をよく知っている。結構頑固なんだ。
 自転車を引いたまま、しばらくその場に立っていたけど、いい加減腹も減ってきたから帰ることにする。家に帰って「やっぱ、急に辞めるのは止めにする」ってメールを打とうか。そうすれば、圭吾も仕方のない奴だって思うかな。
 早弁して昼飯が菓子パンだったから、本当に腹が減ってきて、飛んでいった焼きそばパンのことを思い出した。
「弁償しろよ」って言っていたっけ。俺も腹が減ってるから、ついでに買っていってやろうか。ついでだ、ついで。
 パン持ってって、それから「急に辞めたらみんなに迷惑が掛かるから、もうちょっとあとにする」って言おうか。それで、やっぱりバッシュ買うのを付き合ってくれって言ってみようか。
 たまには俺の方から折れてやろうかな、なんて。大人の階段ってやつ?
 あれこれ言い訳のセリフを考えながら、土手から降りる道を、池田屋に向かって、俺は自転車のスピードをあげた。


novellist