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エイジ My Love
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「だぁら、いい加減にしろよっつってんだろ」
 苛立った俺の声に友人が下を向く。しょんぼりとうな垂れている光一のつむじを見つめながら、俺の口からも溜息が漏れた。
 目の前でしょぼくれている友人から突然告白をぶちかまされ、丁寧に、尚かつ敏速にお断りを入れた俺は、それでも友人関係は保っていたいという我が儘な要請をし、彼はそれを受け入れた。
 保っていきたいのはあくまで友情であって、それ以上の関係に発展する予定はないし、その気もない。一緒になって馬鹿騒ぎをする分には楽しい相手で、気も合うから、そういうのを失うのは自分としては不本意で、だからできれば聞かなかったことにして、付き合いを続けたいと願い出たのだが……。
 敵はそれを歪曲したもようで、なにやらいろいろと画策し始めた。努力をすれば俺が考えを改めるかもという一縷の望みもない野望を抱き、ガンガンに攻めまくってこられ、それを回避するのにほとほと疲れてしまっていた。
「俺は『このまま友だちの関係でいたい』って言ったよな」
「好きだって言われた……」
「『友だちとして!!』って言ったよな。つか、照れるな」
「……あ−、そんなことを言われたような、でも俺あのときテンパってたからよく覚えていない」
「都合のいい耳だな。じゃあもう一度きちんと言……」
「それはいい」
「速攻か。聞けよ」
「いいからいいから」
 ここまで言われて何故諦めないのか、不思議でならない。友だち、親友、遊び相手。そこから先は金輪際ムリ。絶対に。そう言ったはずなのに。もっとハッキリと言ってやらないと分からないのかこいつには。
「……いいって。分かってるから」
 勢い込む俺の前に「ストップ」と掌をこちらに向け、光一が遮ってきた。
「トドメ刺されると、流石に凹むから。立ち直れないくらいに」
 光一のつむじがまた見える。
「あ、いや……分かってるんなら、いいけど」
「ああ。分かってる。エイジは俺のことを友だちとしてか見てなくて、『好きだ』って言われたりすんのが嫌で嫌で堪らなくて、気色悪ぃって思ってて」
「いやそこまでは」
 目の前のつむじがどんどん下がっていき、深くうな垂れていくのに慌ててしまった。
「友だちでって言ってはみたものの、実は後悔していて、本当は顔を見るのも嫌で、こうして側にいられんのも煩わしいとか」
「思ってねえし。マジで」
 うな垂れたままの光一はそこから動かない。
「……あれ? コーイチくん?」
 下を向いたままの光一に、覗き込むようにしながら呼んでみるが、光一は胸に顎を付けるようにして深くうな垂れたままだ。
 もしかして、傷つけてしまったんだろうかとヒヤっとする。こいつがあんまりめげないものだから、ついきつい口調になってしまったかも、と今度はこちらが宥める側になった。
「マジで気色悪いとか側に来んなとか思ってないから。俺言っただろ? 友だちとしておまえのことが好きだって」
「……本当か?」
「ああ。ホント、ホント」
「今までどおり側にいて、遊んでくれんのか?」
「だからそう言ってんだろ」
「体育んときも一緒に組んでくれる?」
「ああ。つか盗んだタオル返せ」
「写メの待ち受けもおまえの写真のままでいい?」
「話逸らすなよ。……まあ、まあまあまぁ……」
 そういうお預けくった犬みたいな顔すんなよ。
「あの写真はやめろ。恥ずい」
 えー、なんでよ、かわいいだろと、機嫌を直した光一が携帯を操作している。
「眼鏡ずれてるし。涎垂れてるし」
 教室の机の上に突っ伏したまま爆睡している顔は我ながら馬鹿面過ぎて居たたまれない。
「こういう油断したようなのが可愛いんじゃん」
「おまえの可愛いの基準が分かんねえよ」
 じゃあどれならいい? と見せられたカメラロールには俺の写真がざっと……50は入っていた。
「おまえはストーカーか!」
「そりゃ一日中一緒にいればこれぐらいすぐにたまるって。じゃあこれは? 生着替えセクシーショット」
「やめれ」
「注文多過ぎだろ。面倒臭ぇなあ!」
「それはおまえだろ! いい加減にしろ」
 そして冒頭の言い争いに戻るわけである。
「盗撮禁止な」
「えー」
「えーじゃねえ。今後俺の許可を得ずに写真を撮らないこと」
「それは承諾しかねる」
 断固たる答えが返ってきた。
「なんだおまえ、偉そうだな」
「俺の楽しみ奪うなよ」
「随分些細な楽しみだな」
「馬鹿野郎! 唯一の楽しみなんだぞ。日々成長していくおまえを記録に収めていくのは」
「おまえはオカンか」
「俺のおまえに対する愛情はなあ、おまえのオカンよりたぶん、ずぅーっと深いぞ」
「おまえ……」
 真剣な顔で恥ずかしげもなく言い放つ光一の顔を、まじまじと眺めた。俺に見つめられた光一も、強い視線でこちらを見つめ返してきた。
「……肉欲を伴ってるぶんオカンより深い。断言できる」
「おまっ……」
 唖然としている俺の目の前に携帯が向けられた。「ピヨ」と間抜けな音がして、光一が満足げにそれを眺めている。
「イイ顔撮れた」
「馬鹿。消せ」
「やだよ。許可取ったらいいんだろ?」
「許可してないし」
「盗撮じゃねえし」
 ああ言えばこう言う。つうか、何だかんだいって、全部が光一のペースに持っていかれているような気がするのは気のせいだろうか。
 ほら、と今撮った自分の顔を見せられる。オカンより肉欲あるから愛してると告白されて、唖然としている俺のアホ面がそこにあった。
「正面から撮れた。結構レア。イイ顔だなっ」
「……」
 ……まあ、眼鏡がずれまくりの油断しきった寝顔よりはいいかと、嬉しそうに携帯を眺めている親友の横顔を見て、それぐらいは許してやることにした。
「喉渇かねえ? 何か買おうか。驕るよ」
「おう」
「ストロー2本とか」
「なんでだよ。普通に飲み物のほうを2本買えよ。驕ってくれるんだろ!」
「じゃあ代わりに手ぇ繋ぐんでいいよ」
「それどんな交換条件っ?」
「いいじゃねえか。手ぇ繋ぐくらい。友だちだろ?」
「無理」
 突然、光一が道にしゃがみこんだ。
「なんだよぉ。おまえ我が儘過ぎだろぉおお」
 どっちがだと、道にへたり込んでいる光一を見下ろしながらまた溜息が漏れる。
「あれも嫌だ、これも無理ってさあ。一個ぐらい俺の要望を叶えてくれたっていいじゃねえか」
「そんなこの世の終わりみたいな声出してんじゃねえよ。大袈裟だな」
「俺は心底悲しんでんだよ。おまえが一向に俺の言うことを聞いてくんねえから」
「ここまで譲歩してやってんのに、更にそんなことを言うか」
 あああ、と道の真ん中にしゃがみこみ、嘆き悲しんでいる。ほんともう、どうしようもない。
「しょうがねえなあ。……ほら」
 手を差し出したその瞬間、信じられない速さで光一が飛びついてきて、がっちりと握られた。
「やりい」
「おい。その握り方やめろ」
「大丈夫だ。誰も見てない」
「そうじゃなく!」
 いいからいいからと、俺の指に指を絡ませて、いわゆる恋人繋ぎっていうやつで親友が意気揚々と歩き出した。
「コンビニまでだからな」
「あのさあ。こういうのってさあ、トレーニングと同じだと思うんだよ、俺は」
 なにが、と楽しそうに人の手を握りながら歩いている隣に目をやる。
「ほら、腹筋だってさ、初めから100回やれって言われても、きついじゃん?」
「ああ。そうだな」
「だから最初は少ない回数からやってくわけ。初日は10回から。そんで次の日は15回。次は20回とか。そしたらさ、一ヶ月経つ頃には100回とか軽くできてたりするわけよ」
「云わんとすることは何となく分かる」
「だろ? ほら、おまえホモ嫌いだっつってたろ? 自分が女っぽく見られて、言い寄られるのが嫌だって」
「ああ、言ったな」
「それはつまり、自分に対するコンプレックスからくるホモ嫌いであって、相手に対する嫌悪じゃないわけよ。それに今は背だって高くなったし、別に女っぽくもないし。俺に告白されても、そこは嫌だってわけじゃないんだろ?」
「ああ。まあな。あくまで友だちとしてだけどな」
「おまえもいろいろあって成長して、慣れてきてるんだよ。年月というものは人をそうやって変えていくものなんだ。だから、俺を踏み台にして、おまえはもっと成長すべきだと思う」
「なんかいい話に持っていこうとしてるみたいだけど、下心見え見えなんですが」
「こうやって手ぇつなぐの……嫌か? やっぱり気持ち悪い?」
 笑いながら、それでもほんの少しだけ不安げに覗き込まれて「……いや」と答えるしかない俺だった。
「……そっか。よかった」
 今度は前を向いて笑う顔が嬉しそうだ。そういうのを見ると、こっちもまあ、これぐらいならいいか。と思ってしまうのだから、やっぱりこいつのペースにまんまと乗せられている気がしないでもない。
「トレーニングな。ちょっとずつ、ちょっとずつ」
「進むなよ」
「いやいやいや。ちょっとは進もうぜ」
 人の手を嬉しそうに握りながら、親友がそんなことを言って笑っている。
「手を繋ぐのに慣れたらじゃあ次は、……今度一緒に風呂入ろうぜ」
「おまえ一足飛びだなっ!」
「いいだろ。友だちだろ? 風呂ぐらいいいじゃん。修学旅行でも一緒に入ってんじゃん」
 なあなあなあなあと駄々を捏ねてくる。まったくこいつは、俺をいったい何処へ連れて行くつもりなんだ。
「目的が分かり易すぎてとてもじゃないが承諾できません。つか、手繋いだ次がなんで風呂? おまえ今ちょっとずつって言っただろうが。言ったとおりにちゃんと段階踏めよ!」
 握られている手を振りほどこうと腕を振るが、がっちりと食い込ませた指が離れない。
 コンビニはもうすぐそこだ。ギャアギャアと喚く俺にまあまあまあと、光一が笑いながら強く握ってくるもんだから、ムキになってブンブンと腕を振る。
 相手のペースに巻き込まれすぎて、自分がどんな失言をかましてしまったのかに気が付かない俺は、なんだかやけに嬉しそうにして俺の手を握ってくる光一に、何がそんなに楽しいんだよと、ますますムキになって腕を振るのだった。








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