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エイジ My Love


昼休み。ざわついた教室の中で、弁当を広げていた。
 午前中の授業が終わり、生徒たちは自分の机や他クラスの教室へと移動する。今日は天気が良いから屋上や外に出かける者もいる。それぞれがそれぞれの場所へ、それぞれの連中と集まり昼食をとる中、俺は自分の机でひとり、弁当を食っていた。
 いつもは一緒にここで食うはずの相方はいない。4時間目の終わりと共に呼び出され、何処かへ行っているのだ。
 体育祭が終わってからこっち、光一の周りは俄に騒がしくなっている。
 特別な事件も変化も起こらない高校生活の中では、そういった学校での行事が大きなイベントになったりする。平和な学園生活の中で起こるちょっとした刺激に生徒は浮き足立ち、目新しい何かを見つければ、そこに群がり更にお祭り気分を楽しむのだ。
 体育祭での尋常ならざる活躍により、光一は俄に注目されるようになって、なんだか一部で祭り上げられているらしい。それまでもときたま呼び出されていたのは知っていたが、その頻度が増えていた。
 昼休みや放課後になるとこうして呼び出され、遊びに誘われたり、メアドの交換を迫られたり、なにやら食い物をもらったりしているらしい。
「忙しいことで」
 弁当の上にある除菌シートを外し、開いた蓋に乗せる。見た目よりも量と肉が大切なので、弁当の色彩は真っ茶色だ。
 唐揚げに箸を突き刺したところで、机の前に人が立った。椅子を引きずるようにして回し、俺の前に座ってくる。
「あれ? 一緒に飯食おうって誘われたんじゃねえの?」
 俺の広げた弁当箱の前に、自分の弁当を置いている光一にそう聞いた。
「誘われた。でも断った」
「なんでよ」
「知らない人と一緒にご飯なんか食べられない」
「嘘を吐け」
「焼肉なら誘われてやってもいい」
「随分高飛車だな。つか学校で焼肉はねえだろ。飯食う前に今度は職員室に呼び出されるぞ」
「だから断った」
 代わりにこれをもらったと、カラフルなタッパーを出してくる。自分の持ってきたものともうひとつ、机の上がなにやらピクニック状態になった。蓋を開けると、外見と同じようなカラフルなおかずがぎっしりと入っていた。
「おお。絵に描いたような弁当だな。『本のとおりに作りました』って感じだ」
「一緒に食おうぜ」
「おまえ、せっかくおまえのために作ってきたんだろ? 力入ってるじゃないか」
 唐揚げや野菜の肉巻きに卵焼き、飾りにはプチトマトにブロッコリーと、定番の弁当おかずではあるが、ちゃんと色のバランスも考えてある。
「喜んでもらえて俺も嬉しいよ。ほら、遠慮せずに食え」
「さも自分が作ったようなことを言うな。ひとでなしだな」
 光一をなじりながら、俺もたいして誠実な質でもないので、言われるままにもらった本人よりも先に手を伸ばし、カラフル弁当の卵焼きに箸を差した。パクン、とひとくちでそれを食べる。
「……どう? 変な味しない?」
 光一が俺の顔を覗いてくる。
「ああ。普通に美味いよ。ちょっと甘いかな」
 そう、と安心したように光一が箸を伸ばしてくる。
「……って、おまえ、俺に毒味させたのか!」
「あ、本当だ。なかなかいける。うちのって弁当の味付け薄いんだよな。これぐらいしっかり味付けてほしいよ。んでも文句言うととんでもねえもん入れてくるから言えねえんだよな」
 俺の非難を浴びながらも、どこ吹く風でもらいもんの弁当に食らいついている。
「本当とんでもねえな。せっかく作ってもらったもんを、人に毒味させてるし」
「毒は入ってなかったんだから問題ないだろ?」
「あるよ。問題大ありだよ。知らずに毒味させられた俺の気持ちはどうなるの? 深く傷ついちゃったんだけど」
「そしたら俺の深い愛情で癒されればいいだろ? ほら、あーん」
「あーん……じゃ、ねーよ!」
「俺にもしてくれよっ!!」
「なんでそこでキレる? つか俺の唐揚げ食うなよ」
「いいじゃん、こっちのブロッコリー食えばいいだろ」
 ぎゃあぎゃあ言いながら、三つの弁当の中身が瞬く間に消えていった。結局一番先になくなっていったのは、俺の母ちゃんの作った唐揚げで、欠食男子を前にしては、栄養のバランスだの可愛い飾り付けだのは関係なく、ボリュームがものを言うということになるのだった。
「エイジの母ちゃんの作る唐揚げ美味いよな。ちょっと辛いの。母ちゃんの愛情を感じるぜ」
 俺の母親の作る唐揚げが光一の好物だったりする。
「でも愛情の深さにおいては俺も負けていないんだぜ。なんてったってそこには性欲という愛情が含まれているからっ」
「それはいい。前に聞いた」
「やっぱりあれか? 男心を掴むにはまず胃袋か? 俺もおまえに弁当とか作ってきたら、おまえ絆される?」
「さあ、どうだろう? 作ってくれんのか?」
「うーん。作りたいのは山々だけど、残念だな、俺は料理ができないし、第一面倒臭い!」
「随分浅い愛情だな。オカンより深いんじゃないのか」
「無理なもんは無理だ。俺はおまえが料理なんかできなくてもガッチリ心を掴まれているから安心しろ。愛してる!」
「うるせえよ。飯粒付けたままいきなり告白してくんじゃねえよ」
 口の端にご飯粒を付けたまま喚いている光一に手を伸ばし、指先で取ったご飯粒を、ティッシュにくるんで丸めて捨てた。
「……おまえ、そこは自分の口に持っていくもんだろ。パクン、って可愛く食べるだろ」
「なんで? やだよ」
「おーまーえー。思わせぶりな態度取りやがって。この小悪魔がっ!」
「言ってる意味分かんねえし」
「トレーニングだろ? 腹筋五十回は軽く越えてるぞ。お互いにお口あーんとか、そういうのはもうクリアしてもいい時期だ」
「うるさい。腹筋とか関係ねえし。早く食え。次体育だろ? 着替えないと」
 昼を終えた生徒たちがわらわらと教室に集まり出し、次の授業に向けてその場で着替えをし始める奴もいた。
「盗撮すんなよ」
「許可は取る」
「許可しない。つか、こないだ持ってった俺のタオル返せ」
「……えー」
「えー、じゃねえ。返せ」
「じゃあ、来週まで貸して? ちゃんと洗って返すから。だからもうちょっと使わせて……」
「やっぱりいらない。やる。つか捨ててくれ」
 何に使ったのかは聞きたくないし返されてももう自分がそれで顔を拭いたりはできないだろうと思った。
「いいよ。返すよ。代わりに体操着貸して?」
「絶対にいやだ」
「なんでよ」
「どうせろくでもないことに使うんだろ」
「なに? ろくでもないことって。俺がおまえのタオルとか体操着とか、どう使ってるって思うの?」
 弁当箱をしまいながら、光一が俺を見上げてくる。口元にうっすらと笑みを浮かばせて。
 一瞬、光一が俺のタオルを使ってアレをしている光景が頭に浮かび、慌てて首を振った。
「今、なんか想像しただろ。俺がおまえの持ち物を使ってる姿を」
「してねーよ」
「想像したとおりだよ。おまえのタオルを持ち帰った俺はそれを……」
「やめろよ」
「丁寧に洗って畳んだ。手洗いだぞ。柔軟剤たっぷり。フカフカにして返すからな」
「なんだそれは! 意味ねーし、つか使ってねーし!」
 あはは、と声を立てて笑い、光一が立ち上がった。「口に汚れ付いてる」と、さっきとは逆に俺の口元に手を伸ばしてきた。親指の腹が唇に触れ、それがぐい、と押しながら横に引かれる。離れた指が光一の口の中に持っていかれる。
「やっぱりエイジの母ちゃんの唐揚げの味、好き」
 自分の親指を味わった光一が笑い、俺はその頭を引っぱたいた。
「いてっ! なんだよ。いきなり叩くなよ」
 なんかむかつく。どうにもこいつのペースに巻き込まれっぱなしだ。頭を掻きながら、椅子を元に戻し、ブレザーを脱いでいる光一の背中を睨み付け、もう一度今度はその背中を引っぱたいた。








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