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疑惑(J庭36ペーパー&その続き) |
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……最近、充の様子がおかしい。 どこがどうというわけではないんだけれど、なんとなく……元気がない。 「……充? どうした? 食べないの?」 今も目の前にある好物の豚の生姜焼きを前に、箸が進まない様子だ。飯をよそうまえに一本だけという約束で注がれたビールも全然減っていないのだ。 「食欲ない? 具合でも悪いんですか?」 「そんなことない。……けど、そうだな。具合が悪いってほどじゃないけど、あんまり食べたくないかも」 そう言って食事の途中で箸を置き、飲みかけたビールをそのままにして、「麦茶飲もう」と台所へ行ってしまった。 「遠藤くん、俺の分も食べていいよ」 「うん。……大丈夫?」 麦茶を持ってきた充の顔色を確かめながらそう聞いたら、充は無理をするように笑い、「本当にどこがどうってわけじゃないんだ。ちょっと食欲がないだけ」と言った。 食欲がないのは立派な体調不良だと思うから、心配になる。 「俺、先に風呂に入るね」 リビングに遠藤を残し、そう言って充がまた立ち上がった。 寝室から着替えを出してきて、浴室に消えていく充を、リビングに座ったまま見送る。 しばらくすると、シャワーの音が聞こえてきた。 テレビのチャンネルを忙しく替え、面白くもない番組を眺めていたが、我慢できなくなって遠藤も立ち上がった。 体調が悪いのかという心配もあったが、そこはかとない不信が頭を擡げてきたからだ。 元気がないというよりも、ここ最近、何となく充の態度がおかしい。挙動不審というか、……遠藤に対してよそよそしいのだ。 普段風呂に入る時に、充はわざわざ着替えを洗面所に運んだりしない。風呂から上がり、いつもはタオル一枚で出てくるのに、何故今日に限って着替えを運んでいるのか。しかも浴室に続く、洗面所のドアがピッタリと閉まっている。こんなことも今までにはなかったことだった。 まさかとは思う。そうは思うが疑念が晴れない。付き合い始めてもうすぐ三年目になる。その間の二人の関係は良好で、特に波風も立っていないが、だからこそ刺激もなくなっているのではないか。三年という数字は危ないとも聞く。 シャワーの音が止んだ。音を立てないように、洗面所のドアをそっと開けた。出てきた充が身体を拭いている姿が見えた。 「充、大丈夫?」 「え、……ああ、平気だよ」 ドアの隙間から声を掛けたら、充が焦ったような声を出した。急いでこちらに背中を向ける仕草は、遠藤に身体を見られるのを避けているように見えた。 「最近なんか変じゃないか?」 「いやべつに」 間髪入れずに来る返事がますます怪しい。 「充、俺に隠し事ない?」 「ないよっ」 「じゃあなんで身体を隠すんだよ」 「別に隠してないよ?」 「こっち向けよ」 「なんで?」 「向けってば」 「いやだ」 遠藤に反抗するようにしてバスタオルを抱き、身体を隠すのにカッときた。 後ろを向いている肩を掴み、無理やりこっちを向かせる。驚いた顔をした充は、一瞬遠藤の顔を仰ぎ見て、それから視線が逸れた。胸にあるバスタオルはしっかりと抱かれたままだ。 これは――決定的かもしれない。 「充、タオル外して」 遠藤の声に、充は反抗するように動かない。 「……無理やり取り上げる前に、外してほしい」 乱暴はしたくないし、責めることもできればしたくない。 心臓がバクバクし、声を荒げてしまいそうだったが、懸命に冷静な声を出した。 仕方がないというように、抱き締めていたタオルが下ろされる。顔を背け、下ろしたタオルで、それでも充はまだ往生際悪く、下腹部を隠そうとしていた。 現れた肌を観察する。白い肌は白いままで、傷も、何かの痕も特に見つけられなかった。 「充、タオル、全部外して」 下腹部を隠している手も退けろと、低い声で言うと、充が観念したように固く目を瞑り、タオルを外した。「うぅ」と、苦しげな声がする。 「……特に変わりないですけど。痕跡もないし」 湿った肌に手を置いて、確かめるようになぞった。 「痕跡って?」 目を瞑ったまま充が聞いてきた。 「浮気の」 遠藤の言葉に、充がカッと目を見開き、「ない、ないないない」と慌てて言ってきた。 「浮気なんてしてないよ!」 「じゃあ、なんで隠す?」 疑いを解かないままそう聞くと、充がまた目を逸らした。 「……ったんだ」 「え?」 「太ったんだ。四キロ……」 語尾を震わせながら充が白状した。 「こないだの会社の健康診断で、身長が三ミリ減ったのに、体重が四キロも増えてたんだよ」 「見た感じ全然変わりませんけど」 「いや、ちょっと違う。この辺がぷよってなってるし、コレステロール値も去年より上がってたんだ」 情けない声を出し、充が太った太ったと嘆いている。 本人が訴えている横腹の辺りを摘まんでみるが、手触りも柔らかさもさほど変わっていないように思える。 「変わってないですよ? 前からこんな感じでしたけど」 遠藤の慰めに今度はギ、と睨んできた。 「違うよ。前はもうちょっと引き締まってた!」 「え、と。ああ、そういえば、うん、ちょっと太ったかなー」 「やっぱり……っ!」 変わらないと言っても、変わったと言っても、充はそう言って嘆いた。 「だから食事減らしたの? ビールも?」 遠藤の質問に、唇を尖らせて俯いている。 「風呂入るのにこそこそ着替え運んで、ドア閉めて、身体を見られないように?」 笑い声になっていく遠藤の顔を覗いた充が「だって」と子どものように拗ねた声を出した。 「ぶよぶよになったら格好悪いだろ? それに、……嫌われちゃうし」 付き合い始めてもうすぐ三年。二人の間には、まだまだ倦怠期も浮気の危機も、訪れそうにない。 |
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