INDEX
湯けむり若頭旅情編3

「……ん、ん……、ぅ……ぁん」
 サラサラとお湯の流れる音と共に、自分の声が湯気に混ざる。
 部屋の露天風呂で遊ぼうかという誘いに伊吹が異論を唱えるはずもなく、二人で湯船に浸かっていた。日はまだ高く、離れにある外は静かだ。
 ヒノキの湯船に腰を下ろした伊吹の膝の上に乗せられていた。膝立ちの恰好で上半身が外気に触れているが、寒さはない。大きな腕に抱えられ、伊吹の唇が胸先に当たった。
「は……、ぁ」
 背中を反らし、押し付けるようにしながら身体を揺らすと、力強く抱き締められて、望んだ通りに強く吸われた。パシャパシャとお湯が跳ね、その音に隠れるようにして甘い声を上げる。
「……スベスベ。気持ちいいです」
 大きな手でお湯を掬い、肩に掛けてくれながら伊吹が肌を撫で、言った。見上げてくる顔は相変わらず端整で、清潔な歯が嬉しそうに覗いている。
「『美人の湯』だって書いてありました」
「それは期待できるね」
 笑いながら、後ろで一つに縛っている髪を解き、指を差し入れた。下りていく眞田の唇を迎えて、伊吹が目を閉じた。
「……ん」
 大きく合わさりながら、湯の中で抱き合う。幾度となくキスを交わし、何度も身体を繋げたが、伊吹はいつもまるで初めてのように感動し、喜び、夢中になる。
 セックスもキスも眞田が初めてなのだという。全部を自分が教えた。呑み込みの早い恋人は、すぐに眞田の悦ぶ手段を覚え、もっと悦ばせようと努力を惜しまない。
 魅力的な外見は言うまでもなく、性格も優しく、その上稀有な才能を持つ伊吹の、初めての男が自分なのだという事実は、眞田を晴れがましい気持ちにさせる。同時にまるで奇跡のようだとも思うのだ。
 伊吹にそれを言うと、自分のほうこそが夢を見ているようだと、幸せそうに微笑む。
「寒くないですか?」
「大丈夫。熱いぐらいだ」
 風もなく、湯気も温かい。何より伊吹にもたらされる行為によって、身体の内側が熱い。
 眞田の答えに安心した伊吹が笑った。腰に手を当てられ、急に持ち上げられた身体が浮く。
「なに……?」
 膝が浮き、伊吹の前に立たされる。
「っ、……嫌だ」
 座っている伊吹の目の前に、自分の下半身が晒されている。肩に手をついて離れようとしたら、グイ、と力強く引き寄せられ、伊吹の唇が近づいてきた。
「や……、っ、ぁあ」
 そのまま含まれて嬌声が上がる。
「やめて、こら。こんなところで……、嫌だって……」
 慌てる眞田の声を無視し、深く?み込んできた。グジュグジュと音を立てて、舌で撫でられる。
「んんん、……ぅ、は……ぁ、ぁ、あ」
 湯の中ですでに育っていたソレを扱かれ、すぐさま持って行かれそうになった。思わず大きな声が出てしまい、それにも慌てるが、伊吹が動きを止めない。
「や、……駄目、龍之介さ……っ、ふ、ぁ」
 力は強く、テコでも動かず、しかも気持ちがいい。翻弄されながら、せめて声を出さないように喉を詰めるのが精いっぱいの眞田を、伊吹が見上げてきた。
「もう、ほら……離して」
 子どもを叱るようにそう言うが、咥えたままの唇は一瞬笑みの形を作るだけで離れようとしない。
「ん……、っん」
 普段は気弱で、眞田の嫌がることは絶対にしない伊吹だが、こういう時には言うことを聞かなくなる。……つまりは、眞田が本気で嫌がっていないのを理解しているのだ。
 肩を掴んでいた手は、いつの間にか伊吹の長い髪に掛かり、撫でるようにしながら自ら引き寄せている。声とは裏腹な仕草に伊吹が目を細め、もう一度深く?み込んできた。
「あ……っ、あ」
 空を仰ぎ、唇を結ぶことができなくなる。水音が遠のき、放たれる自分の声が誰かに聞かれるのではないかと慌ててしまう。そんな眞田の戸惑いを吹き飛ばすように伊吹の舌がますます淫猥に蠢いてくるから堪らない。
「駄目……、龍之介さん、イッちゃうって……」
 掴んでいた髪を強く引き、抗議の声を上げると、伊吹がまた見上げてきた。真っ直ぐで力強い瞳が、悪戯っぽく笑っている。
「駄目ですか……?」
「ん、ん……」
「絶対?」
 さわさわと唇で撫でながら、伊吹が声を出す。
「だって、声……聞こえちゃう」
「平気ですよ。ここ、離れだし」
「でも」
「声だってそんなに大きくないですよ……?」
「それは……」
 眞田は立っているが、伊吹は湯船に浸かっているのだ。水音がすぐ耳元でしている状況と違うと思うのに、伊吹はそんなことを言って笑っている。
「ぁ……っ、あ、ん」
 再び口腔に含まれ、声が途切れる。柔らかい口内で擦り、舌を絡められた。眞田が諦めるのを待つように促してくる。
「どうしても、駄目……?」
 お伺いを立て、見上げてくる顔を見て観念する。髪に差し入れていた指を離し、自分の口元に持って行った。
 分かっている。駄目だと意思を通し、行為を止められたら、今度は止めるなと駄々を捏ねてしまうのは、結局自分なのだ。
 口に手を当て、声を隠す用意をした眞田を見て、伊吹が再び動き始める。柔らかい刺激から、耐えがたい官能へと変わっていく。
「……ふ、は……ぁ、あ」
 奥深くまで呑み込まれ、吸い付きながら上下された。抑えようとした声が指の隙間から洩れ、湯気と共に立ち上がった。
 水音が遠くに聞こえ、声も身体も、煙になったようにゆらゆらと心許なくなる。自分が消えそうな錯覚に陥るが、腰に回された腕の強さと、伊吹の唇の熱さだけがはっきりと存在した。
 腰を支えていた伊吹の腕が動き、長い指が後ろに入ってくる。
「っ、は……ぁ」
 前を扱かれながら後ろからも刺激を受け、湯気のせいではなく目の前が白く霞んできた。
 グ、と大きく?み込まれ、舌を絡められて強く吸われた。同時に後ろにある指が入り込み、眞田のいいところを押してくる。
「ぁあ、……、んぅ、んん、ん……あ」
 耐え切れずに口から手を放し、下にある頭を抱いた。逃げようとして腰を引いたら、追い掛けてきた唇に吸い付かれ、指がまた進んできた。
 嫌々と首を振るのは、拒絶ではなく飛びそうな自分の意識を保つための仕草だと伊吹はもう知っている。
 腰を僅かに引いたまま、身体が痙攣を起こす。伊吹の行為はあくまでも優しく、宥めるようにゆっくりと、だけど確実に絶頂へと追い詰めてくる。
「も、もぅ……ィ……っぁ」
 喘ぎながら終わりが近いことを辛うじて教える。伊吹の動きは止まらずに、ますます大きく上下された。
「んっ、……ん、あぁ、あ……っ、ん――っ」
 伊吹の腕に支えられながら、大きく仰け反る。招き入れた唇はそこから動かず、眞田の精を受け止めていた。舌先で宥められ、柔らかく吸われる。
 息を整えながら、眞田も激情が去るのを待つ。チョロチョロという水音が聞こえてきて、やっと大きく息を吐いた。
 伊吹はまだ眞田の腰に巻き付き、ゆっくりと眞田を可愛がっている。全部を任せながら、自分を可愛がっている恋人の頬を撫でた。伊吹が目を細める。
「もう、叫んじゃうかと思って気が気じゃなかった」
 眞田の声に伊吹が笑い、ようやく唇が離れた。
「ごめんなさい」
 いつものように低姿勢で謝ったあと、「でも、凄く可愛かった」と、また眞田を喜ばせる言葉を吐いた。
「寒くないですか?」
「ん」
 促されて湯船に沈む。向かい合わせに抱き合って、改めて深いキスを交わした。
「龍之介さんこそ、のぼせない? ずっと浸かったままで」
「そうですね。ちょっとのぼせたかも」
「上がる?」
 大丈夫かと目を覗きながら聞くと、もう一度身体を持ち上げられた。立ち上がろうとする伊吹に合わせて眞田も立ち上がった。
「あ、ちょっと……」
 風呂から出るのかと思ったら、今度は腕を引かれて伊吹に背中を向けさせられる。
「え……、ここで?」
 伊吹の意思を感じ、驚いて声を出す。
「ここで。したいです。……いいですか?」
 声は丁寧なお伺いだが、すでに眞田の腰を掴んでいる。
「史弘さん、駄目?」
 そんな可愛い哀願をされたら、駄目だなんて言えるわけがないじゃないかと、思わず苦笑を漏らす。
 無言で膝をつき、湯船の縁に掴まった。
「史弘さん……」
 柔らかい声で名前を呼ばれ、返事の代わりに腰を突き出し、受け入れる体勢を示して、誘ってみせた。
「ああ……」
 嬉しそうに溜息を吐き、両手で尻を撫でられる。
「本当、スベスベ。……可愛い」と、また眞田の肌を褒め、それから腰を固定された。伊吹の切先が蕾に宛がわれる。
 眞田に口淫を施しながら、すっかり固く育っていたそれが、ズ、と埋め込まれた。
「ん……、ぁ、ん」
「……きつくないですか?」
「大丈夫。早くきて……」
 眞田の甘い声に伊吹が息を詰める気配がした。入口をこじ開けたソレが、一気に入ってくる。
「んんんっ、あぁ…っ」
「あ……史弘さん、ごめ……」
 律儀に謝ってくるのがまた可愛らしく、なるべく身体を柔らかくして受け入れようと眞田も努力した。
「へ、いき。気持ちいいよ。もっと強くしても大丈夫」
「史弘さん……」
「して、……あ、もっと強く、……して」
 眞田の誘いに煽られ、伊吹の動きが激しくなっていった。息を吐き、その度に声も漏れている。
 パシャパシャとお湯の跳ねる音がして、同時に呻くような声が聞こえた。指の力が強まり、腰が浮く。
「あ……、あ、あ、ん」
 突かれる度に眞田の唇からも声が上がる。ズ、ン、と最奥まで押し込められたまま、伊吹が力強く腰を回した。
「く、……ぅ、は……っ、は……」
 指が食い込むほどに腰を掴まれ、伊吹が激しく突き上げてきた。受け入れの準備は足りておらず、性急な抽挿は痛いほどで、だけどその痛さが気持ちいい。
「……あ、あ、ぁ、また……」
 さっき果てたばかりなのに、また絶頂の兆しがやってくる。興奮した伊吹の動きは滅茶苦茶で、それほどに夢中になっているのかと思うと、興奮した。
「もっと……して、龍之介さ……あぁ、もっと……っ」
 水音が遠のき、あの瞬間が再びやってきた。伊吹の動きに合わせ自らも腰を突き出し、極みに向かって行った。
「んん、んっ、あ……、イ……ッ、ク……っ」
 湯船を掴んでいた腕を突っ張り、背中が撓る。後ろから回ってきた腕に抱かれながら揺さぶられ、絶頂を迎えた。
「は……っ、ぁあ、ん、あ――」
 震えながら精を放ち、余韻に浸る間もなく伊吹が動き出す。
 奥に留まっていた楔が抜かれ、もう一度入ってきた。力強い律動は速さを増し、伊吹も駆け上がってくる。
「ん……く、ぅ……っ、っ……っ」
 腰を大きくグラインドさせ、一瞬止まったかと思うと、ズンッ! と強い衝撃がきた。
「……ぁあっ」
 叫ぶような声と大きな溜息が同時に聞こえ、伊吹が動かなくなった。背中に息が当たる。
 腹に回っていた手でもう一度柔らかく抱き締められた。少しずつ整っていく伊吹の息の音を聞きながら、大人しくしていた。
 やがて伊吹が離れ、もう一度二人で湯に沈む。
「……大丈夫でした? だいぶ乱暴にしちゃいました」
 また向かい合う体勢に戻ると、反省したような声を出しながら、伊吹が眉を下げた。
「平気だよ」
 湯船の中で身体を泳がせ、伊吹の首に抱き付きながら、「凄くよかった」と耳元で囁いた。
「……っ、っ、……ぉ」
 バシャバシャと水飛沫を上げながら、眉毛をますます下げた伊吹が、湯の中に沈んでいった。 




novellist