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うさちゃんと辰郎くん
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 大晦日の電車は混んでいた。
 これから初詣を兼ねて年越しを外で迎えようとしているグループやカップルたちで、車内の温度が心持ち高いような気がする。
 そんな中で一人ポツンとつり革に掴まっている僕を、可哀想に……なんて目で見てるのかな、と自意識過剰気味に一人後ろめたさを感じながら、さも目的地に恋人が待ってるのさ、ああ、楽しみだなあ、なんて顔をしてみる。
 ……たぶん、誰も僕がそんな一人芝居をしていることなんか気にも止めていないだろうけど。
 でも大丈夫。
 次の駅を降りれば、人が待っているのは本当だから。
 ずっとジャケットのポケットの中で握り締めている携帯を取りだし、開く。
『うさちゃんへ。一緒に初詣に行かない? 駅で待ってます。辰郎』
 何度も確かめたメールをまた確認してパタンと閉じ、窓の外を眺めた。
 もうすぐ辰郎君の待つ駅に着く。
 それにしても『うさちゃんへ』って。
 確かに僕の名字は『宇佐美』だけど、いきなり『うさちゃん』って。
 今年がうさぎ年だから、ウケでも狙ったつもりなのかな。
 だって一度もそんな風に呼ばれたことないんですけど。
 それともずっと心の中でそんな風に呼んでたり?
 やだなあ、もう。
 へらりと顔がにやけた瞬間ドアが開き、ホームに立っていたおじさんと目が合ってしまった。
 崩れた頬を引締めて、とん、と軽く電車から飛び降りた。


 改札を出ると、辰郎君が待っていた。
 走って来た僕に気が付いて、「よう」と軽く手を挙げている。
「待ちました?」
 息を整えながら出た挨拶が、いきなり丁寧語になってしまった。同級生なのに。
「そんなでもない」
 急ぎすぎたせいで、今度は軽く咳き込んでしまった僕を辰郎君が笑って見下ろしている。
 まるで僕が辰郎君の誘いに喜んで喜んで飛んできたみたいに思われたんじゃないかと、また自意識過剰が働いて、まともに顔を見ることが出来なかった。
 ちょっと歩くんだけど、と説明され、辰郎君の隣に並んで神社へ向う。
 バスケ部の主将をやっている辰郎君は背が高く、僕の頭は彼の肩ぐらいにしか届かない。足の長さも当然違って、大股で歩く辰郎君に並ぶため、僕はちょこちょこと早く動かさなければならなかった。
 だけど浮かれきっていたから、これぐらい飛び跳ねる感じで歩くぐらいが今の僕にはちょうどよかった。
「けど、驚いた。急に誘ってくるから」
「そ? うん。そだね」
 辰郎君に付いていきながら、話す声もそうとう浮かれている。
「他は誰か来るの?」
「いや。急に思いついて、時間なかったから」
「ふうん」
 メールが来たのが夜十時頃だったし、行くよとメールを返して僕もすぐに飛び出したから、単純に納得した。
「……ふうん」
 一番に僕にメールしてくれたのか。
 ふうん。
 頬がまた勝手にへらあ、と緩んだ。
「びっくりした?」
 そりゃそうだ。びっくりしたさ。
 だってクラスメートではあったけど、僕と辰郎君とはほとんど接点がなかったから。
 バスケ部の主将でクラスでも学校でも目立つ存在の辰郎君は、いつも人に囲まれていたし、人気もあって雰囲気も華やかだ。
 体育祭も文化祭も彼が中心となって、一緒に騒ぎもしたけれど、どっちかというと目立たない存在の僕とは、接点が少なかった。
 住む世界が違う、なんて言い方は大袈裟だけど、同じ教室で授業を受ける同級生の彼に、憧れを抱くぐらいには、僕にとって彼は遠い存在だったのだ。
 それが突然誘われて、こうして並んで歩いている。年末の夜、二人で年を越そうよと言われ、浮かれるなと言う方が無理というものだ。
「でも嬉しかった」
「そ?」
「うん。凄く。誘ってくれてありがとう」
 なんで突然僕に声を掛けてくれたかは不明だけれど、でも現実にこうして誘ってもらったことに、素直に感謝し、嬉しい気持ちを伝えたかった。
 僕の感謝に、辰郎君はくすぐったそうに首を竦め、ちょっと困ったような顔をして、笑った。
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