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うさちゃんと辰郎くん
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 家に上がってから小一時間。
 挨拶をし、ケーキを出され、お茶を飲み、母さんの雑談に付き合わされている。
「あの、母さん。そろそろ勉強しないと」
 遠慮がちに僕がそう言ったら、母さんは大袈裟に「あらそうね。ごめんね、邪魔して」って言って、やっと腰を上げてくれた。
「じゃあ頑張ってね。休憩時間にまた持ってくるわね」
「うん。母さんありがとう」
「本当、大きいの焼いたのよ。余っても仕方がないから」
「そうだね。またあとで」
「ほら、お勉強とか、頭を使ったあとって甘い物がほしくなるでしょ?」
 頭を使う前に食べさせられてるけどね。
 名残惜しげに母さんが部屋から出て行って、ドアがパタンと閉まった。
 向かい合って座っている小さなテーブルに、やっと教科書とノートを広げる。
 お腹がいっぱいになった辰郎くんは「はあ」と大きな溜息を吐いて、仰向けに倒れていた。
「辰郎くん」
「美味かった。腹いっぱい」
 幸せそうにむにゃむにゃしている。
「勉強しないと」
「そうだなあ」
 大の字になったまま動かない。
「うさちゃんの部屋、三回目だ」
「うん」
 初めて辰郎くんがここを訪れたのは、僕がインフルエンザに罹って学校を休んだときだった。
 お見舞いに来てくれて、ホワイトデーのプレゼントをくれて、一緒の大学に行きたいって言ってくれた日だった。
 そのあとマルガリータと三人で買い物をしたあと家に寄ってくれた。
 その日も張り切った母さんが夕飯を作って、みんなで食べた。
 そして今日。
 三回目の訪問だ。
 試験勉強という名目で。
 いや、名目っていうか、本当に試験勉強なんだけど。
 その他になにか期待してるってわけじゃないけど。
 だって下に母さんいるし。
 そんな、いきなりの展開があるなんて期待してるわけじゃないけど。
 ちょっとは期待してたりして……。
 でも来るなり母さんのケーキ攻撃にあって気勢を削がれてしまった。
 寝転んでいた辰郎くんがやっと起き上がってきて、もそもそと鞄から筆記用具を出してきた。


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