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うさちゃんと辰郎くん
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「明日は数学と日本史か」
「うん。あと古文と」
「うえ。古文苦手。謙譲語とか尊敬語とかわかんねえよ。区別ないじゃん、なあ」
「あれはね」
 ゼミで習った簡単な区別の付け方を辰郎くんに伝授する。
 ふんふんと、僕の説明を真剣に聞く辰郎くん。
 大きな手に持っているシャーペンの頭にみつばちが乗っているのが可愛い。
「可愛いね」
「俺?」
 思わず笑ってしまった。
「このシャーペン。ハチが乗ってる」
「ああ、これか。なんだ」
 辰郎くんも笑った。
 もちろん辰郎くんのことも可愛いと思う。
「自分で買ったの?」
「ああ。うん。ええと違う。もらった。後輩に」
「ふうん」
「うん」
「……」
「違うよ?」
「なにが?」
「バスケ部の全員もらってるから」
「そうなんだ」
「うん」
 短い会話のあとしばらく問題集を解く。
「だから全然違うからね」
「なにが?」
「浮気とかしてないから」
 シャーペンの芯が折れた。
「そ、そんなこと心配してないよ」
「そう?」
「してないって」
「ならよかった」
 カチカチと芯を出し直して、問題に集中する。
「うさちゃん」
「なに?」
「休憩しない?」
「……まだ十五分も経ってないよ」
「疲れた」
「もうちょっと頑張ろうよ」
「うーん」
「じゃああと二十分。そしたら休憩しよう」
「二十分も?」
 集中力が散漫な辰郎くんを何とか集中させようと懸命に説得する。
「じゃあ、このページの問題を解くまで。ね」
「うーん。古文嫌いなんだよなあ」
「じゃあ、別の教科にする?」
「じゃあさあ。問題全部解いたらうさちゃんが褒美くれるってのは、どう?」
「褒美? 僕があげるの? なんで僕が褒美?」
「だってさあ。なんか目標がないとやる気が起きないじゃん」
「褒美って……どんな?」
 聞きながら耳が熱くなる。
 褒美って。褒美って……。
 僕だけの考え過ぎ?
 辰郎くんは答えずに、シャーペンを握っている僕の手の甲をちょんちょん、ってつついてきた。
「褒美ほしい。くれる?」
 顔まで熱くなった。
「……全問正解したら。いいよ」
「えー」
 辰郎くんが大袈裟な声を上げた。
「全問はちょっと厳しいな。せめて八割。いや、九割でお願いします」
「全問正解でお願いします」
 ちょっと強い口調で言うと、辰郎くんはしぶしぶと分かったよと承諾した。
「頑張るよ。実力以上の力でやってみる」
 やっと辰郎くんが本腰を入れて問題集に取り組み始めた。
 やれやれと思いながら、全問正解はちょっと可哀想だったかなって後悔した。
 


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