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あの日たち
15

 今日も今日とて、斉藤さんの部屋に入り浸っている。
 エントリーシートとか面倒臭ぇ、と呟きながら、いつものソファを陣取って、隣人の作る夕食を待っているところだ。
 インターホンが鳴り、火を使っている家主の代わりに玄関に行く。新聞の勧誘かなんかだと思ったし、斉藤さんも俺が出ることに何のアクションも起こさなかったから。
 ドアを開けたら、亜子が立っていた。
 俺が自分の部屋にいなかったから、たぶんここだと見当を付けて訪ねてきたんだろう。亜子が単独で斉藤さんを訪ねる理由はない。
 強い風が吹いていて、亜子の髪はかき回されたようにぐるぐるに乱れていた。雨は降っていないようだが、湿った空気が冷たく部屋に吹き込んでくる。
 二ヶ月以上会っていなかった亜子は、髪の乱れも手伝って、なんか、恐いぐらいの雰囲気を出していた。鬼気迫るっていう感じだ。
「え、と。久しぶり。どうしたの?」
 こちらを睨み上げたまま、何も言わないから仕方なく、俺の方から口を開いた。
 何も言わないまま、亜子の目から涙がぽろぽろ落ちてきた。
「うわっ。どうしたんだよ? なんかあったのか?」
 オロオロしてそう聞く俺に、返事をしないまま、黙って亜子は涙を流し続ける。
 どうしていいのか分からない。
 泣かれる理由も分からなかった。
 ていうか、なんでわざわざここに来て泣いているのか、まるで分からなかった。
「三好君、帰りなさい」
 斉藤さんの静かな声に、「え、でも」と、オロオロしたまま振り返る。
「帰って、二人でちゃんと話し合った方がいいですよ」
「でも、話すって……。俺ら別れたし……」
「私、別れようなんて言われてないっ!」
 金切り声を上げて亜子が叫んだ。
「え、でも……」
 夏以来、全然連絡をしていなかったし、亜子からも連絡は来なかったから、自然消滅したものと思っていた。
「ハル君全然連絡くれないし!」
 いやそれはお前も同じだろう?
「私、待ってたのに!」
「ええと……」
「とにかく、ほら」
 叫ぶ亜子と、戸惑う俺を促して、斉藤さんが優しく俺たちを玄関先から追い出した。
「とにかく部屋に連れて行ってあげなさい。ここじゃあ近所に迷惑です」
 キッパリと言われ、それでも縋るように斉藤さんを見つめた。
 こういう愁嘆場は得意じゃない。ていうか、したことがない。だけど、じゃあ、隣人の部屋で、と言うわけにはいかないことも、いくら俺でも分かっていた。
「齟齬があるなら、早めに話し合ってお互いの誤解を解いたほうがいいです」
 二人はとてもお似合いなんだし。
 ね、と、優しい顔で斉藤さんが亜子を見つめると、亜子が堰を切ったように、わぁっ、と泣き出した。
 とにかくこのままでは収まらないと俺も観念して、亜子を連れて自分の部屋にいくことした。



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