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あの日たち |
20 |
弘人さんが困ったように、俺を見上げた。 「それも……駄目?」 必死に訴える俺を、弘人さんはやさしく拒絶する。 「……好きだから?」 弘人さんがぼんやりと、不思議そうな顔をして俺を見つめている。 「俺が弘人さんを……好きだから?」 今のはなに? と、まるで空耳であったかのような顔をする目の前の人を、動かないまま見つめ返す。 いつばれたんだろう。 細心の注意を払っていたはずなのに。 絶対に知られてはならないと、どれだけ気を遣ってきたかしれないのに。 はっきりとした恋情を見せさえしなければ、彼は拒むことは出来ないと踏んで、さりげなさを装い、頼りない年下の大学生のままの姿を演じてきた。 求めればきっと拒まれる。だから求めなかった。何も求めなければ拒否する行為は生まれない。 だからずっと――ずっと、自分の気持ちに蓋をして、側にいることを選んだのに。 用心していたつもりだった。甘えがどこかで度を超しすぎたのか。彼を追う視線に、ドロドロした邪なものが映ったんだろうか。 「……ばれてた? 俺が……弘人さん、好きだって」 弘人さんが茫然と俺を見つめている。 「気持ち悪くて、だから、ここから出てく?」 「そんなこと、ないよ」 「人の都合なんかお構いなしで、毎日押しかけられて迷惑だから」 「そんなことないって!」 「でも引っ越すんでしょう?」 足に力が入らなくなって、ソファにぐったりと腰を落とし、項垂れる。 「俺に見つからないように雑誌隠して」 「それは……」 「内緒でここから出て行くつもりだったんでしょう? 言えば俺が反対するから」 「三好君」 「俺を置いて、行っちゃうんだ」 ソファに沈んだ俺を、立ったままの弘人さんが困ったようにして見下ろしている。 どんなに望んでも、邪気のない振りをしてお願いをしても、彼はこうして俺を名字で呼ぶ。それ以上は踏み込まないと、線引きをしながら俺を可愛がり、最後には拒んでいたのだ。 そりゃそうだろう。隣同士ってだけなのに異常に懐かれて、毎日のように入り浸って、男なのに男の人を好きになって。 嫌だったに違いない。 だけど隣同士で、一緒に事故に遭ったよしみで無下にも出来ず、困っていたのだ。 「……ごめんなさい」 「なんで謝るの?」 「嫌な思い、させて」 「そんなことは思ったこともないよ」 「俺が弘人さん、好きだから」 「謝ることなの?」 そう言われ、怖々と見上げた先に、弘人さんの笑った顔があった。 「好きだって言ってもらえて……嬉しいよ」 「俺でも?」 「そうだね」 「俺が……男でも?」 笑った顔のまま、嬉しいよ、と、息だけの声が聞こえた。 ほんとうに すごく うれしい 弘人さんの息が、そう言っている。 今度は俺が、空耳を聴いたんだろうか。 おずおずと、手を伸ばした。 掴まれて一瞬おののいた腕を、自分もビクリとして離し、また見上げる。 どうか逃げないでと祈りながら、もう一度手を伸ばす。 縋るようにしてそっと触れた手を、今度は拒まれなかった。引き寄せて、恐る恐る弘人さんのお腹に顔を埋める。嫌がらないのを確認して、腰に腕を回して抱き締めた。 少しでも動いたら、逃げられてしまうかもしれないという恐怖で、動けないまま弘人さんの腰にしがみつく。 伝わってくる体温を、じっとしたまま確かめていたら、髪に触れられた。そっと優しく撫でられて、その感触を目を閉じて受け止めた。 抱き締めていた腕を弛め、髪を撫でる手の持ち主を仰ぐ。穏やかな表情をした弘人さんが、見つめ返してきた。 たぶん、今の俺は酷く情けない顔をしているんだと思う。 弘人さんのことが好きなのは本当で、こうして触れ合いたいと願っていたけど、まさかこんな形で自分が告白するとは思っていなかった。 まして「嬉しい」と言ってもらえて、こうして抱き締めて、受け入れてもらえている。 これだけで、いっぱいいっぱいだった。 そんな俺を、弘人さんは優しく見つめている。髪に触れている掌は、温かくて、柔らかくて、やさしくて、気持ちがいい。 身体を起こし、俺の頭を撫でている腕を掴み、その手首に口づけた。 僅かに反応して離れようとした腕を緩い力でもとの位置に戻し、撫でて、と促しながらもう一度唇を滑らす。 頭を撫でられたまま、華奢な手首の内側を唇で辿り、柔らかな皮膚に歯を立てた。 |
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