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あの日たち |
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――バンッ! 突然の衝撃で身体が大きく跳ねるのを感じた。 一瞬閃光が走った目の前が、すぐに闇の中に引き込まれる。 闇に浸りながら、ああ、またあの夢を見ていると思った。 たまに見る夢。 嫌な夢だ。 今のような衝撃で目覚め、そして闇に引き込まれる。ただそれだけの夢。夢から覚めようとするのだが、身体が動かない。たぶん、金縛りというものなのだろう。疲れていると、時々こうなる。 こういう時は、静かに身を委ね、次に本当に覚醒するまで待つしかない。 仕事が立て込んでいるからだろう。来週は企画された最終案の書類を提出しろと言われている。 ゆらゆらと水の中にいるような不安定な感覚に身を委ねていると、覚醒の兆しがやってきた。もうすぐ目を覚ます。 眞さんは隣で寝ているはずだ。 今日の予定はどうなっていたんだっけ。 この前のバイトは終わったらしい。今日は学校へ行くだけなのか。 そういえば、眞さんは大学で何を専攻しているんだろう。うっかり聞くのを忘れていた。長く付き合っているはずなのに、聞いていなかった。間抜けな話だ。よく行く居酒屋の話だの、好きなジャンクフードの話だの、そんなことしか知らない。 今日は彼に色々と質問をしてみようか。 彼のことは何でも知りたい。 そろそろ就職のことだって考えなくちゃいけない。 眞さんはちょっと世間ズレしていないというか、甘やかされて育ったというか、認識が甘いところがある。まあ、甘やかされているという点では、僕にも責任があるわけだけど。 「弘人さん」 隣で寝ているものと思っていた眞さんは先に起きていたらしい。いつもの明るい声で僕を起こしている。 ゆっくりと目を開けて、愛しげに見下ろしてくる瞳を見つめ返し、僕は微笑んだ。彼も笑っている。 「よかった。うなされてるみたいだったから」 金縛りに遭っていた僕を心配していたらしい。 「そう? うん。ちょっと金縛りに遭ってた」 僕がそう言うと、眞さんは大きく目を見開いて、「金縛りぃ?」と叫んだ。彼には経験がないらしい。 「よく遭うの?」 「うん。どうだろ? ここ最近かな」 「俺が一緒に寝てるから? 布団狭い?」 心配げに覗いている頬を撫でて、「そんなことないよ」と返した。 「でも」 「そんなことない。……でも、もしそうだとしても、一緒に寝る方がいい」 僕がそう言うと、眞さんはほっこりと笑った。 「そう?」 「うん」 「俺がここにいて、よかった?」 「うん」 頬に当てた手を引き寄せると、笑ったままの眞さんの唇が降りてきた。 「ずっと……一緒にいてくれる?」 「もちろん」 降りてきた唇が僕のそれに当たり、そのまま輪郭を滑っていく。 「……そこ、噛んで」 カリ、と顎の先を噛まれ、フ、と息が漏れる。 痛い。 幸せだ。 頬を撫でていた指を、彼の唇に持っていく。 カリリ。 指先を噛まれ、胸が熱くなった。 「今日は花見に行こうよ」 眞さんが僕を誘っている。 「ほら、桜公園。弁当買って、酒持って、二人で花見しよ?」 「うん。いいね」 彼の誘いに笑って応える。 近所にある桜公園はきっと満開だろう。住宅街にある小さな公園は、花見で騒ぐ人の来るようなところではない。ゆっくりカップ酒でも飲みながら桜を眺めるのも楽しいだろう。 やはりバイトは今日はないみたいだ。 ついこの間、冷房と熱気に当てられたはずの身体は、暑くも寒くもない柔らかな空気に包まれている。 一瞬感じた季節の矛盾も、眞さんの笑顔で溶けていった。 たぶん、まだ寝ぼけているんだろう。 指先の痛みが消える前に、もう一度噛んで、と、彼にお願いをした。 |
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