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あの日たち
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『意識不明の学生、半年ぶりに意識を回復』

昨年七月、S市交差点にてバス横転事故に遭遇し意識不明の重体だった大学生の三好眞治さんが、半年ぶりに意識を回復した。事故で全身と頭を強く打ち、右足を複雑骨折、頭蓋骨損傷で一時は絶望的かと見られた。覚醒した三好さんは、退院に向けてリハビリを始めている。事故当時の記憶はないという。同事故で三好さんと同じく意識不明に陥っていた会社員は三好さんとは隣人同士で、彼は事故後間もなく意識を取り戻した。乗車時、会社員は三好さんに席を譲ってもらい座っていたという。「雨で荷物も持っていて、三好さんが席を代わってくれました。自分が立っていたら多分死んでいたかも知れない」と会社員は語った。眠り続ける三好さんを毎日見舞っていたという。

       *   
   
 目を覚ましたら、周りが大騒ぎになっていた。
 母親が俺の顔を見る度に涙を流し、医者や看護師達が口々に「奇跡だ」と言う。何も覚えていないから、そんな風に言われてもあまり実感は湧かなかった。
 確かにバスに乗ったことは記憶にある。大雨でこんな日に出かけるのは鬱陶しいなと思ったことも。
 だけど、急ブレーキの音と、大きく傾ぐようなバスの揺れに、あっ、と思ってから先が途切れている。そして目覚めたら、俺は浦島太郎になっていた。
 骨折したという右足も、頭を開いて手術をしたという傷も、俺が寝ている間に治っていたらしく、話を聞いてもピンとこない。ただ、動かそうとした身体が思うようにならなくて、痩せて筋力の落ちた足なんかを見ると、そうだったんだよなあと、そこで初めて実感したぐらいだ。
 大学は留年。三年生をもう一度やり直すことになった。仕方のないことだろう。
 俺としては、寝ている間にそれほど時間が経ったという意識がなくても、楽しみにしていたオリンピックはとっくに終わり、気に入ってダウンロードしようとしていたグループの新曲が別の新曲に変わったことなんかを思うと、やはり、ああ、そうだったんだよなあ、と改めて自分が半年近くただ眠っていたことを、それこそ夢のように思う。

 たぶん一度受けたはずの授業をもう一度受け、友達とちょっと遊んだ後、部屋に帰った。
 退院してからしばらくは俺の面倒を見てくれた母親も、とっくに田舎に帰っている。
 一日籠もっていた空気を入れ替えようと窓を開けた。
 初夏に近い風がすうっと入ってきた。まだ冷房を入れるほどじゃない。
 もうすぐ俺が事故に遭ってから一年が経つ。
 半年は眠っていたわけだから、俺の意識としては、もう一年も経ったのかという感覚だ。
 十月生まれだったから、寝ている間に二十一歳になっていた。だけど学年は変わらず三年のままだし、周辺の景色も劇的に変わったわけではないから、やはり実感が湧かない。
 俺的には一年経ったというよりは、数ヶ月ほど遡ってしまった時間を繰り返しているという感覚の方が、しっくりくるぐらいだ。
 窓を開けたまま、部屋で課題をこなしていると、隣人が帰ってきた気配がした。
 カーテンを開ける音の後にカラカラと窓の開く音が続いた。俺と同じように空気を入れ換えているのだろう。今日は帰宅がいつもより少し遅い。夏に向かってどんどん遅くなっている日の入りの時間よりも随分経っていた。外は真っ暗だ。
 俺は急いでベランダに出て、仕切りの板から首を伸ばした。


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