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遠景
2


 営業職の彼にはネクタイは必需品だ。何本あっても邪魔にならないし、それにそんなに高いものでもない。
「じゃあ、今度一緒に買いに行こう」
「うん。そうだね」
「約束、な」
 大きな手を出してきて、小指を絡められた。
「うん。約束」
 節を付けて「指切りげんまん」と言ったあと、結んだ小指を噛まれた。
「仕事帰り待ち合わせして、買い物して、外でご飯を食べよう」
「うん。どの辺?」
「どこがいいか」
 空になったスープカップを受け取って、テーブルに置いた眞治が、また僕の足元に腰を下ろした。楽しそうに「デート。久し振りだもんな」と言っている。
「東京駅辺り。また行く? イルミネーション。あれ、凄かったもんな」
「そうなの? いつ行ったっけ」
 僕がそう言うと、眞治は僕を見上げ「ああ、そうか」と言って、笑った。
「じゃあ、東京駅のイルミネーションを観に行こう。凄く綺麗なんだ。弘人はあれを見てきっと吃驚するよ」
「そう。楽しみだね」
「ポカンと口を開けてね、『すごい、すごい』って、子どもみたいにはしゃぐんだ。凄く可愛かった」
 まるで見てきたようなことを言って、眞治が笑っている。
「皺になるよ」
 床にぺったりと尻を着いたまま、僕のお腹に巻き付いている眞治に言うと、平気、という声が聞こえた。甘えてくるのは相変わらずだ。眞治の好きなようにさせながら、僕のお腹の上にある頭に手を置いた。
 僕よりも固く、営業マンらしく短く刈った髪を撫でる。大人しく僕に撫でられながら、眞治が僕の名前を呼ぶ。
「なに?」
 返事は聞こえず、代わりに、くふん、と可愛らしい溜息が聞こえた。
 今飲んだばかりのスープと、お腹に巻き付いている体温に温められて、眞治の頭を撫でながら、ふあ、と欠伸が出た。
「……眠い?」
 眞治が見上げてくる。
「うん。起きたばっかりなのにね。ごめん」
 僕が謝ると、眞治は笑って「いいよ」と言った。
「ゆっくりな」
「うん」
 ゆっくりでいいからね、とやさしい声を聞きながら、目を閉じる。
 ネクタイ、今度はどんなものにしようか。それをプレゼントしたら、彼はまたそればかりを付けるんだろう。気に入ったと笑って、ありがとうと、僕にキスをしてくるだろう。
 新しくなったという駅のイルミネーション。楽しみだ。営業をしている眞治は、外でいろいろなことを知ってくる。楽しいこと、新しいこと、僕が喜びそうなこと。美味しい店を見つけ、驚くような料理を作ってみせる。
 今度はそこへ一緒に行こう? 弘人はきっと喜ぶよ。
 そう言って僕の手を取って、約束を交わしながら、僕の指を噛む。



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