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雨が止むまで〜意地っ張りの恋〜
19


「智。どうした?」
 智の強い視線に不穏な空気を感じたのか、克也がまた宥めるような声を出してくる。探るように手が伸びてきて掴まれそうになり、強い力でそれを振り払った。
「触るなっ!」
 自分で出した金切り声に驚いたが、智のそんな態度に克也も驚いたらしい。一瞬目を見開き、どうしたのだと問うようにまた腕を伸ばしてきた。自分の身を守るようにして両腕を抱き、一歩後退る。
「どうしたんだよ」
 しつこく追いかけてくる手を振り払おうとしたが、力では克也の方が数段強く、暴れる体を引き寄せられ、それに抵抗しようと克也の胸に腕を突っぱねた。
「智。どうしたんだよ」
「うるさい。手、離せよっ」
 体を離そうともがき、克也の胸を思い切り打ち付けるが、克也は離そうとしなかった。
「いつでも来いなんて嘘言ってんじゃねえよ」
 胸に拳を当てながら、溜め込んでいた言葉が口をつく。
「なにが『俺がいるから』だ。笑わせんな」
 打ち付けられても克也は手を離さない。
「俺が引っ越ししたってかっちゃんには関係ないだろ」
「智、落ち着け」
「ここに来たのだってたったの五回じゃないか。だったら実家帰ったって変わらないだろ」
 部屋にも入れてもらえない。口実を見つけ、自分の家に呼んでも、あのとき克也は靴も脱がなかったじゃないか。
 もがき、打ち付け、引っ張りながら恨み言を叫び続ける。
「なんでこんなときだけ引っ越しすんなみたいなこと言ってんだよ」
「それは……」
「迷惑なんだろ?」
「そんなことはねえ」
「嘘だ」
「嘘じゃねえって」
「じゃあなんで……家にいんのに外だなんて嘘吐くんだよ」
 克也が息を呑むのが分かった。
「居留守使うぐらいなら、初めっから来いなんて言うなっ」
「お前……」
「バレてんだよ。この嘘つき」
 暴れることに疲れ、それでも引き寄せられまいと、腕を突っぱねたまま克也を睨み上げた。
「……灯りが点いてた。窓んところまできてカーテン開けてただろ。全部見てた」
 ここまで言えば解放してくれるだろうと体を離すが、また引き寄せられる。
「智。悪かった」
「いいよ別に。もう信じないから。かっちゃんなんか信じない」
 克也の顔がくしゃっと歪んだ。
「ごめん。あんときは……」
「いいって。もとはといえば俺が悪いんだから。部屋に入れたくなかったんだろ」
「違う」
「嘘吐け。二度と来んなって言われてたもんな。行った俺が悪かったよ」
「智、違うんだ」
「ああ、誰かいたのか」
「そうじゃねえ。ごめん、智」
「俺、かっちゃんがこんなに嘘吐くのが上手だなんて知らなかった」
「悪かった」
 抵抗する力もなくなり、膝が折れズリズリと下がっていく智に合わせ、克也も腰を落としてきた。力を失った智の体を抱き締めてくる。「離せ」と弱い抵抗をしてみたが、克也は構わず腕を回してきて、体全部をすっぽりと包まれた。
「嘘つき」
「智。ごめん」
 克也の腕の中は懐かしい匂いがした。目を閉じると何かを錯覚しそうになる。
「かっちゃん。離せよ」
 だから目を開いたまま、この中から出ていきたかった。
「智。悪かった」
 それなのに、克也の腕が離れない。
「離してくれよ。お願いだから……離せっ!」
 出る声が悲鳴に近い。
 頼んでも藻掻いても離してもらえない。僅かにできた隙間を広げるように肘を張り、シャツを掴んで引っ張ると布が裂ける音がした。
 それでも克也は智を離さない。

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