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雨が止むまで〜意地っ張りの恋〜
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 昔とはまるで反対だ。いつだってこの腕の中は智の逃げ場所で、どんなときも開け放たれていた。嫌なことがあれば逃げ込み、面倒だと言いながらも、克也は受け入れてくれた。
 それが今は、意地になったように引き留められる腕の中で、逃げようともがき、ヒステリーを起こしたように叫んでいる。
 なんでこんなことになってしまったのか。どこで間違えたのかももう分からない。分かっているのは、今のこの状況すべてが、自分の撒いた種なんだということだけだ。
 堪えようと頑張って、見開いていた目を閉じると、涙が溢れてきた。ひ、と喉が鳴り、嗚咽が漏れてくる。
 涙と一緒にいろいろなものが溢れ出し、もう我慢がきかなかった。克也は智を抱き込んだまま、ごめん、ごめんなと、何度も謝る。
 あー、あー、と、幼児のように声を上げながら、克也の首にしがみつく。
「ちょっと、だけ、顔、見たかったの、に」
「ごめんな」
「あ、雨降……て、だから。顔見たらすぐ帰るって……」
 あのときどれだけ傷付いたのかを、克也に訴える。克也は背中を撫でながら、智の訴えを聞き、ひたすらに謝ってきた。
「悪かった。智。本当に悪かった」
 何度も謝られ、克也にそんな嘘を吐かせたのが自分だと思うと、ますます涙が溢れてくる。怒らせ、信用を失わせ、嘘まで吐かせ、あの日話をきいてやれなかったと後悔させ、それを責める資格なんか、自分にありはしないのに。
「かっちゃぁん、ごめんなあ。俺、もう、我が儘言わねえから、来んなって、思ってるときは行かねえから……だから、ああいう、嘘は吐かない、で、くれよぉ」
 おうおうと吠えるように訴え続ける。
「そうじゃねえ」
「俺、頑張るから、迷惑かけないようにするから、だから……もう、許してくれよ」
「そうじゃねえんだ」
「かっちゃんに愛想尽かされたら、俺もう、どうしていいか分かんねえよ」
「智」
 いつの間にか謝る立場が逆転し、ごめん許してくれと懇願する智を、克也が宥める。
 涙と一緒に思いを吐き出し、一年ぶりの克也の胸に抱かれながら、言いようのない痛みが襲ってきた。
 こんなに居心地のいい場所を、どうやって諦めたらいいんだろう。
 どうしてもどうしても諦めきれない。自分以外の誰かがこの腕の中に収るのかと思うと、胸が、絞られるように痛い。
 嫌だ。嫌だ。ここは俺の場所だった。ここしかいられる場所がないのに、他のやつなんかに渡したくない。
 我が儘を言わないと、我慢してみせると言っておいて、もうそれができない。
 首に捕まっていた手を離し、しゃくり上げながら克也の顔を正面から覗く。
「かっちゃん」
 久しぶりに間近で見る克也の顔は、困惑と嬉しさと苦しみとが混じったような、不可思議なものだった。
「俺、どうしたらいい?」
「なにがだ?」
「どうしたらかっちゃんは俺を許してくれる?」
「そんなん、もうなんとも思ってねえよ」
「前みたいに、どうしたらなれる?」
「それは……」
 智の問いかけに、克也が絶句する。
「そういうのは、もう……」
 正面から見つめる目が横に逸れ、伏せられた。
「もう……駄目かなぁ、かっちゃん」
 逸らされた視線を追いかけながら、新たな涙が溢れてきた。
「かっちゃんはもう……誰か好きな、人が……いるんだ」
 智の言葉を聞いた克也が不思議な表情の上にもう一つ、驚愕の表情のようなものを乗せて見つめ返してきた。
「努力するから。その人と別れたあとでもいいから、俺、ちゃんとするから……」
 努力だけで人の気持ちが動くとは思えない。だけどそれしか道がない。
「待ってるから、に、二番目でも、いいから」
 努力で手に入れることができるなら、どんなことでもしたいと思う。
「俺のこと……好きになって、くれよ」
「智……」
 克也の唇が動き、何かを問うように開かれた。
「それでも、駄目か?」
 不思議な表情を形作ったままの唇に、自分のそれを押し当ててみる。柔らかい感触は昔のままで、だけど昔のように応えてくれることはなく、動かずそこにあるだけだった。

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