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雨が止むまで〜意地っ張りの恋〜
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 押し付けていた唇を離し、「ごめん」と俯くと、また涙が落ちて膝を濡らした。
「馬鹿なこと……言った」
 我が儘を言わないと言ったその口で、努力するから俺を好きになれだなどと無茶を言っている。
 どんなに願っても、努力しても、手に入れられないものはある。克也が昔のように智を包み込んでくれたものだから、それに乗じていい気になってしまった。
「調子に乗りすぎた」
 克也にはすでに大切な人がいるかもしれなかったのに。待っていても、順番なんか回ってこない。二番目だなんて、克也が許すはずがない。
「今の、忘れて」
 突き離される前に、自分から離れようと克也の肩に手を置き、弱い力で押した。立ち上がろうとする腕をまた掴まれ、引き寄せられた。もう一度克也の胸の中へと取り込まれ、きつく抱き締められた。
「かっちゃん」
 呼びかけても克也は返事をしない。
 克也の吐息が聞え、「智」と、小さく名前を呼ばれた。
「……いいのか?」
 低い声が耳元で聞こえ、おずおずと、克也の背中に手を回した。きゅっと、着ていたシャツを握ると、克也も力を強めてきた。
 何に対して「いいのか」なのかが分からず、智も克也の名前を呼んだ。
「かっちゃん」
 体を離し、克也が見つめてくる。何かを言いかけ、何も言わず、そしてまた抱き締められた。
 強い力で拘束され、体が軋む。苦しくなって「……かっちゃん」と名前を呼んで訴えると、声を聴いた克也が力を緩め、ゆっくりとした動作で智を解放する。
 目の前で智の顔を見つめている克也は、今度は眩しいものを見るように、目を眇めている。
少し緩んだ口元からは、今にも歯が零れ出そうだ。
 いつも眉間に力を入れ、恐いと評される克也の、柔らかい笑顔がとてもきれいなことをずっと知っていた。
 久しぶりに見せてくれたその笑顔に見とれていると、顎を持たれ、その笑顔が近づいてきた。
「……ん」
 二度目に合わさった唇は、やさしく智を噛み、可愛がるように何度も撫でてくる。もう一度克也の首に手を回し、首を倒し、より深く受け入れようと口を開ける。入ってきた舌が智のそれに絡まり、克也の中に引き入れられた。離れては合わさり、お互いを求め合う。
「ん……ん……ふ……ぅんん、ん」
 溜息と一緒に声が漏れ、それを吸い取るようにまた合わさった。
「……かっちゃん」
 キスの合間に名前を呼ぶ。応える代わりにまたキスをされた。
「いいの……?」
 好きになってくれるのか、俺でいいのかと聞きたかったが、言う間もなく唇が重なり、それを受け止めながら、さっき克也が智に聞いてきた言葉のことを考えた。
 智が聞きたいことを、克也も聞きたかったのだろうか。俺でいいのかと聞かれたら、克也でなければ駄目だと答えたい。何度でも答えたい。克也もそう思ってくれているのだろうか。
「かっちゃん……好きだ」
 智の告白に、克也は一瞬、くしゃっと泣き笑いのような顔を作り、それからまたキスをしてきた。
「かっちゃんが好きだ」
「……ああ」
「好き」
 キスの合間に告白をし続ける。
「かっちゃんは?」
 智にばかり告白をさせておいて、克也は返事をくれない。言葉の代わりだと言わんばかりにキスをしてくるが、智だって克也の言葉を聞きたいのだ。
「なあ。かっちゃんは俺が好きか?」
 また塞いでこようとする克也の唇に手を当てて返事を待っていると、蕩けそうだった眼差しが、すい、と横に逸れた。
「おい。返事しろよ」
 口を塞いでいた手を退けられ横を向いている克也にしつこく聞いた。
「なあ、なあなあ。どうなんだよ」
「うるせえ」
 不機嫌そうにそう言って、頭をガッと掴まれた。
「かっちゃ……っ、んんん!」
 乱暴に塞がれ、強く吸われた。
「なん……だよ、かっちゃ……んっ」
 声を発するのを阻止するように克也が押し入ってくる。それを受け入れながら、まあいいか、と諦めた。
 もともと寡黙な克也だ。無理矢理言わせようとしても、今のように罵声になり、そのうち喧嘩になるだろう。いつだってそうやってじゃれ合いのような喧嘩をしてきた。これからもそれができるのならそれでいい。
 智が克也を好きだと知っていてくれるなら、それでいいと思う。そしてこうして応えてくれるのなら、それ以上の何を望むものか。


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