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雨が止むまで〜意地っ張りの恋〜
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「かっちゃんみたいな壮絶テクはないけど」
 溺れてしまっては克也が楽しめない。こうして抱き合って、震えるほど嬉しいと思うそばで、あのときの克也の言葉を思い出すと、心臓を握られたような痛みが走る。
 下に行こうとする体を止められ、上を向かされた。見下ろしてくる克也の顔が、何かを言いたげに微かに動き、また口を閉じる。眉を寄せた表情が、またさっきの痛みを堪えているようなものに変わっていた。
「な、したい。させてくれよ」
 跪こうとする智の両腕を掴んで、克也が阻止してくる。
「かっちゃん」
「俺があんとき言ったこと、気にしてんだろ?」
「そうじゃない」
 克也の体を使い、自分だけがいい思いをしていた。言われたことはまったくその通りで、克也がそう思うのも無理はない振る舞いをしていた。
「あれは……悪かった」
「かっちゃん、そうじゃなくて」
「カッとしちまって、酷ぇことして、酷ぇことも言った」
 シャワーに打たれながら、克也が頭を下げてくる。
「あれは……俺がかっちゃんとの約束やぶったから」
 それを言うと、克也は痛痒いような顔をしながら、智を抱き寄せた。
 合い鍵をもらい、絶対にやるなと言われていたことをやってしまった。だけどたぶんそれは、ほんのきっかけに過ぎなかったのだろうと思っている。克也はそれまでの、智の我が儘な振る舞いに、ずっと耐えてきたのだろう。それがあの夜、爆発したのではないかと考えていた。
「あれだろ? 俺があんまり馬鹿ばっかりやってるから、かっちゃん爆発しちゃったんだろ? その、積年の恨みとか、そういうの」
 智の肩に顎を乗せていた克也が、その上で笑うように息を吐いた。
「ちげーよ」
「違うんだ?」
「てめえが人の部屋に女連れ込んで、人の布団でやりやがったからだろ」
「……ごめん」
「もういいんだって。お前も酷ぇ目遭ってるし。カッとしただけだ。積年の恨みなんてねえよ。馬鹿が」
「ほんと?」
「当たり前だろ。俺がそんな執念深い恨みなんか持つかよ」
「そっか」
「だいたいてめえの我が儘なんか、生まれたときから付き合ってんだ。そんなもんため込んでたら、とっくにキレてるよ」
「言えてる」
 欲も執着も薄い克也は、負の感情も長く引きずらない。荒れていた時期があったときでも、その性質は変わらず、誰かと衝突したあとでも、サバサバと忘れたように笑っていた。わだかまりを引きずらない代わりに、手放すことにも躊躇がなかった。家族から一人離れ、高校を去り、住んでいた土地から出るときですら、なんの未練も示さなかったのだ。
「……見てないところで、話だけ聞いてる分ならよかったんだよ」
 シャワーの音に隠れるような低い声で克也が言った。
「……人の気も知らねえで」
 回された腕に、きゅっと力が入った。
「とにかく悪かった。お前は気にしなくていいんだ」
 顎を持たれ、顔を倒してくる克也を受け入れる。軽く啄むようなキスはすぐに離れ、もっと深く欲しくなり、離れた唇を追いかけるように見つめた。
「……そういうツラすっからよ」
 そんな智の顔を見て、苦笑しながらそう言い、智が望むように深い口づけをくれる。
「こっちも困ったんだよ」
 言っている意味が分からなくて、克也を見つめ返した。
「そういうツラってなんだよ」
「自覚がねえから嫌なんだよな、てめえはよ」
 ますます分からない。
「かっちゃん、なんだよ。全然わかんねえよ」
「だろうな」
 嫌だと思っていることがあるのなら、言って欲しい。何も聞かされず、失敗を繰り返すのは二度とごめんだ。
「なあ。なあなあ。悪いとこあんなら言ってくれよ。かっちゃんなんにも言ってくれないから」
 必死に訴えると、克也は面倒臭そうに頭をガシガシ掻いた。
「なあ、かっちゃんてば」
「うるせえなあ。そういう淫乱なツラすんなってことだよ!」
 やけくそのように叫び、克也が舌打ちをする。
「淫乱って……」
「てめえ、カニ食ってるときもとんでもねえツラ見せやがって。こっちはカニどころじゃなくなるってんだよ。馬鹿が。それで夜中に家来てもいいかって、それでやってきて、そんなツラ見せられたら、また同じことしちまうだろうが!」
「かっちゃん?」
「てめえ、気をつけろよ。無意識に人誘ってんじゃねえぞ」
 きつい眼差しで釘を刺され、納得できたようなできないような。
「えっと、よく分かんないけど、今後、気をつけます」
「おう。……まあ、別に……」
 早口で捲し立てるように智を叱っていた口調が、今度は曖昧なものに変わる。
「……俺の前だけで、……ってんなら、いいんじゃねえか?」
 もごもごと口の中で転がすようにそう言って、また智の顎を強く掴んできた。降りてくる唇を、反射的に口を開いて迎えにいく。噛みつくようなキスに応えていると、克也はそんな智の顔を見つめていた。
「いいか、他所でそういうツラすんじゃねえぞ」
 返事の代わりに克也の首に巻き付き、自分から誘っていった。太い首にぶら下がるようにしながら体を密着させ、克也にキスをねだる。
「他のヤツに見せやがったら、智……」
 合わさる寸前の唇が、やさしく動いた。
「……ぶっ殺す」
 甘い声で脅しを掛けられ、キスで誓わされる。欲の薄い、なににも執着をすることのない克也の、それはとんでもなく物騒で、紛れもない、愛の告白だった。

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