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雨が止むまで〜意地っ張りの恋〜 23 |
「かっちゃんみたいな壮絶テクはないけど」 溺れてしまっては克也が楽しめない。こうして抱き合って、震えるほど嬉しいと思うそばで、あのときの克也の言葉を思い出すと、心臓を握られたような痛みが走る。 下に行こうとする体を止められ、上を向かされた。見下ろしてくる克也の顔が、何かを言いたげに微かに動き、また口を閉じる。眉を寄せた表情が、またさっきの痛みを堪えているようなものに変わっていた。 「な、したい。させてくれよ」 跪こうとする智の両腕を掴んで、克也が阻止してくる。 「かっちゃん」 「俺があんとき言ったこと、気にしてんだろ?」 「そうじゃない」 克也の体を使い、自分だけがいい思いをしていた。言われたことはまったくその通りで、克也がそう思うのも無理はない振る舞いをしていた。 「あれは……悪かった」 「かっちゃん、そうじゃなくて」 「カッとしちまって、酷ぇことして、酷ぇことも言った」 シャワーに打たれながら、克也が頭を下げてくる。 「あれは……俺がかっちゃんとの約束やぶったから」 それを言うと、克也は痛痒いような顔をしながら、智を抱き寄せた。 合い鍵をもらい、絶対にやるなと言われていたことをやってしまった。だけどたぶんそれは、ほんのきっかけに過ぎなかったのだろうと思っている。克也はそれまでの、智の我が儘な振る舞いに、ずっと耐えてきたのだろう。それがあの夜、爆発したのではないかと考えていた。 「あれだろ? 俺があんまり馬鹿ばっかりやってるから、かっちゃん爆発しちゃったんだろ? その、積年の恨みとか、そういうの」 智の肩に顎を乗せていた克也が、その上で笑うように息を吐いた。 「ちげーよ」 「違うんだ?」 「てめえが人の部屋に女連れ込んで、人の布団でやりやがったからだろ」 「……ごめん」 「もういいんだって。お前も酷ぇ目遭ってるし。カッとしただけだ。積年の恨みなんてねえよ。馬鹿が」 「ほんと?」 「当たり前だろ。俺がそんな執念深い恨みなんか持つかよ」 「そっか」 「だいたいてめえの我が儘なんか、生まれたときから付き合ってんだ。そんなもんため込んでたら、とっくにキレてるよ」 「言えてる」 欲も執着も薄い克也は、負の感情も長く引きずらない。荒れていた時期があったときでも、その性質は変わらず、誰かと衝突したあとでも、サバサバと忘れたように笑っていた。わだかまりを引きずらない代わりに、手放すことにも躊躇がなかった。家族から一人離れ、高校を去り、住んでいた土地から出るときですら、なんの未練も示さなかったのだ。 「……見てないところで、話だけ聞いてる分ならよかったんだよ」 シャワーの音に隠れるような低い声で克也が言った。 「……人の気も知らねえで」 回された腕に、きゅっと力が入った。 「とにかく悪かった。お前は気にしなくていいんだ」 顎を持たれ、顔を倒してくる克也を受け入れる。軽く啄むようなキスはすぐに離れ、もっと深く欲しくなり、離れた唇を追いかけるように見つめた。 「……そういうツラすっからよ」 そんな智の顔を見て、苦笑しながらそう言い、智が望むように深い口づけをくれる。 「こっちも困ったんだよ」 言っている意味が分からなくて、克也を見つめ返した。 「そういうツラってなんだよ」 「自覚がねえから嫌なんだよな、てめえはよ」 ますます分からない。 「かっちゃん、なんだよ。全然わかんねえよ」 「だろうな」 嫌だと思っていることがあるのなら、言って欲しい。何も聞かされず、失敗を繰り返すのは二度とごめんだ。 「なあ。なあなあ。悪いとこあんなら言ってくれよ。かっちゃんなんにも言ってくれないから」 必死に訴えると、克也は面倒臭そうに頭をガシガシ掻いた。 「なあ、かっちゃんてば」 「うるせえなあ。そういう淫乱なツラすんなってことだよ!」 やけくそのように叫び、克也が舌打ちをする。 「淫乱って……」 「てめえ、カニ食ってるときもとんでもねえツラ見せやがって。こっちはカニどころじゃなくなるってんだよ。馬鹿が。それで夜中に家来てもいいかって、それでやってきて、そんなツラ見せられたら、また同じことしちまうだろうが!」 「かっちゃん?」 「てめえ、気をつけろよ。無意識に人誘ってんじゃねえぞ」 きつい眼差しで釘を刺され、納得できたようなできないような。 「えっと、よく分かんないけど、今後、気をつけます」 「おう。……まあ、別に……」 早口で捲し立てるように智を叱っていた口調が、今度は曖昧なものに変わる。 「……俺の前だけで、……ってんなら、いいんじゃねえか?」 もごもごと口の中で転がすようにそう言って、また智の顎を強く掴んできた。降りてくる唇を、反射的に口を開いて迎えにいく。噛みつくようなキスに応えていると、克也はそんな智の顔を見つめていた。 「いいか、他所でそういうツラすんじゃねえぞ」 返事の代わりに克也の首に巻き付き、自分から誘っていった。太い首にぶら下がるようにしながら体を密着させ、克也にキスをねだる。 「他のヤツに見せやがったら、智……」 合わさる寸前の唇が、やさしく動いた。 「……ぶっ殺す」 甘い声で脅しを掛けられ、キスで誓わされる。欲の薄い、なににも執着をすることのない克也の、それはとんでもなく物騒で、紛れもない、愛の告白だった。 |
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