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雨が止むまで〜意地っ張りの恋〜 3 |
蟹しゃぶを堪能し、ビールを飲んで、夜が更けてきた。 食後のひとときをテレビを眺めて過ごしていた克也が「じゃあ、帰るわ」と、腰を上げた。 「もう? まだ十時前だよ」 「ああ。明日も仕事早ぇから」 自転車で十分も走れば着く距離だ。泊まっていけという言葉は出せなかった。 玄関に向う背中についていく。靴を履き終えた克也が振り返り「じゃな、ご馳走様」と言って笑ってくれた。 「家帰ったら、お袋さんによろしくな」 「うん。かっちゃんも北海道気をつけて。土産、忘れんなよ」 智の言葉に、かは、と笑って、伸びてきた手が智の頭をぐしゃ、と掴んだ。 「わーかったよ」 次の約束を取りあえず取り付けて、安心しながら克也の掌にぐりぐりと掻き回された。 閉まるドアを見送り、出迎えたときとは逆に、窓まで行く。建物から出てきた克也が自転車に跨った。こちらを振り返ることなく去って行き、その姿が見えなくなるのを確認してから、のろのろと台所に戻った。 夕飯の残骸がシンクに入っている。克也が片付けようとするのを自分でするからと言い張った。これぐらいしかまだできないが、これぐらいなら頑張れる。 用意した夕食は、結局克也の手を借りてやっと形が整った有様だ。まだまだ頑張りが全然足りないと思う。 「もっとちゃんと、頑張んないと」 後片付けを終え、しばらくは部屋でテレビを観て過ごす。克也はとっくに自分のアパートに着いているだろう。「着いたぞ」なんてメールが来ることはない。今頃は風呂でも浴びて、またビールでも飲んでいるか、それとも学校の宿題でも片付けているのか。 「すげえよな」 働き始めたばかりの智は、まだ職場でもまるで役に立たず、それを叱責されるまでにも至っていない。見習い期間、お客様の扱いだ。それでも帰ってくるとどっと疲れてなにもすることができないほどだった。だから今の克也の状況がどれほど凄いことなのか、改めて思い至る。 明日からの仕事を思い、自分も早く寝ようかと、軽くシャワーを浴び、ベッドに入った。眠気がやってくるのを待ちながら、寝返りを打つ。 丸まって壁の方を向きながら、克也のアパートにあったせんべい布団を思い出していた。一緒に寝ると、体の大きい克也はいつも布団から半分はみ出ていたっけ。 横になったまま、スエットの中に手を入れる。 洗濯したてのシーツのごわつきと、克也の匂い。煙草と、克也の使う整髪剤と、克也自身の匂い。そこには自分のものも混じっていた。 まどろみに浸かりながらそれらを思い出す。 今ここにあるのは、自分だけの匂いだ。一年近く経った今、克也の部屋にも智の痕跡はないだろう。それとも他の誰かのものが混ざっているだろうか。 混ざり合った二人の匂いがずっとあった。それが自然だったのに。今はどちらにもそれがない。 掌に包んだものをそっと動かす。空いたほうの手は自然に胸に置かれていた。いつもと同じ手順で自分を可愛がる。だけど、背後には克也の吐息がなかった。 後ろから可愛がられるのが好きだった。伸びてきた腕に抱えられ、感じる場所を撫でられ、耳を触られるのが好きだった。 「……ん……は、ぁ……」 握っていた先端が濡れ、芯を持つ。焦らすように力を緩め、昔、してもらったように指先でつぅ、となぞり、また包み込んで動かす。 「……かっちゃぁ……っん……」 甘えた声を出しても、それを吸い取ってくれる唇はない。 「……あ、ぁ……あ」 自分の声だけが壁に当たり、後ろで聴こえるはずの吐息を頭の中で思い描く。胸にあった指を口に含み、濡らしたそれを膝までズボンを下げた後ろに持っていく。 あの日、克也に教えられた悪戯を、自分の指で施す。 「っ……ぁ、んんっ」 指先を入れ、詰まった息を吐き出しながらゆっくりと潜り込ませ、かき混ぜる。 「……あ……あ……あっ……」 体を起こし、四つん這いになり、体を揺らしながら前と後ろに刺激を与え続けた。小さすぎる自分の手は、なかなか思うように快感を得られない。 浸りながら、克也の手を思い出し、克也の声を反芻する。 ――ここだろ……? 低音が耳元で響き、その残像を追いかけるように目を閉じ、身を任せた。 「っ……あぁあ……ん、かっちゃ、ん……」 やがて目の前に閃光が走り、体が硬直した。 「……っぁ……」 小さく呻き、白濁が零れ出て、シーツを濡らしていった。 「……ん、ぅ、ふ……」 虚脱した体を起こし、ふう、と溜息が漏れた。 「……なにやってんだか」 こんな姿を克也が見たら、「この馬鹿が」と、呆れることだろう。あいつが言うとおり、自分は確かに淫乱だと思った。 蟹しゃぶを嬉しげに頬張っている顔に見とれ、卑猥な想像が頭をもたげ、慌ててしまったことは死んでも言えない。そんなことが知れたら張り倒されてしまうだろう。 あの唇で、もう一度可愛がって欲しいなど、言えるはずもないのだ。 汚してしまったシーツを剥がし、洗面所に運ぶ。克也の部屋でやりたい放題だったころ、そういった始末も懸念したことがない。 腹が減れば我が儘を言い、食べたらそのまま横になり、やりたくなったら風呂場に押し入って、ああだこうだと注文を付け、放出したら疲れてそのまま眠っていた。 まったくとんでもない馬鹿だ。 一人で後始末をする自分の姿が惨めで、どうしようもなく寂しかった。 |
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