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明日晴れたら〜ろくでなしの恋
16


 職場の後輩である、ひよこ頭の片岡の部屋に転がり込み、翌朝そのまま仕事に行った。相変わらずの雨の中、昨日の作業の続きをし、細々とした仕事をこなした。
 なにも持たずに後輩の家に泊ってしまったため、学校に行くのに教科書がなかった。社長に頭を下げて、早めに上がらせてもらい、一旦アパートへ帰った。
 ドアノブに手を掛け、鍵が閉まっていることに眉が寄る。
 合い鍵は取り上げた。智がここを出ていったなら鍵は開いているはずだ。無言で鍵を差し込み、中へと入る。玄関にはまだ智の靴が置いたままだった。
「あ、かっちゃん、おかえり」
 居間でテレビを観ていた智がわざわざ立ってきて出迎える。それを無視して置いてあった教科書を鞄に詰め、出掛ける準備をした。
「あのさ、かっちゃん……」
 黙々と作業をする克也を智が眺めている。
「お前なにしてんの?」
 智を見ないまま声を発する。
「出ていけっつっただろ」
「だってさ、ほら、鍵開けっ放しだと危ないだろ?」
「大学は? 今日は休みなのか」
「あ、いや。かっちゃんが帰ってくるの待ってたから……」
「じゃあ帰ってきたからもう出ていけ」
「かっちゃん」
「いい気なもんだな。親に金出してもらって適当にヘラヘラ通って。それで休んでも何ともねえんだもんよ。こっちはそんな風に遊んでるわけにはいかねえんだ。生活掛かってるからな」
 立ち上がり、智を見下ろす顔には皮肉に満ちた笑顔ができ上がっていた。克也を見上げている智に、顎で行けと命ずる。
「時間がねえんだ。もう行けよ。おら」
 追い立てるように背中を押し、玄関に追いやった。
「かっちゃん、ごめん」
 泣きそうな声で謝られたが、許す気にはならなかった。無言で智が靴を履くのを待ち、もう一度振り返った顔を、やはり表情のないまま見つめ返す。
 全部終わりだ。
 自分からこいつを突き放すことになるとは思っていなかった。なにがあっても、どんな理不尽なことをされても、どこかで信用もしていた。
 すべてを手に入れたいと望んだわけではない。他の女に持つのと同じような、そんな感情を自分に持たないことはすでに分かっている。
 だけど、それだからこそ、こいつにとって自分とは特別な存在であるはずだとも思っていた。
 克也を特別だと、大切だと思ってくれているからこそ、懐に入れられた。大事な部分で信頼していたそれを、こいつはいともあっさりと踏みにじったのだ。
 所詮、その程度の存在だったにすぎないことを、思い知らされた。それならば、苦しい思いをして受け入れることに、どんな意味がある?
「かっちゃん……」
 殴るにも値しない。
 克也の返事を待つ智に、掛ける言葉などなかった。
 最後の糸を切ったのはお前だ。
 もう全部終わり。
 泣きそうな顔をしてみせようと、甘えた声を出してみせようと、もう心は動かなかった。


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