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明日晴れたら〜ろくでなしの恋
17


『よう。久しぶり。元気してる?』 
 携帯を耳にあてたまま煙草に火を付ける。
 中学校時代の同級生は、電話の向こうで明るい声を出していた。何年も会っていなくても、すぐに気安い会話が始まるのはいつものことだ。
「おう。変わりない。そっちは?」
『ああ。こっちも同じだ。まあ年末に向けて多少は忙しいけどな』
 高校を出てそのまま家業のメッキ工場を継いだ元クラスメートが答えた。
『ところでよ。みんなで集まろうっていう話、聞いてる?』
「ああ。そういやあったな、そんな話」
 そんな話を聞いてはいたが、随分前のことだ。
「一年近く前じゃねえか」
『そうなんだよ。結局何だかんだ言って日程合わねえとか、そのうちなってなもんで、ほら、幹事がいい加減だから。俺なんだけど』
 あははは、と電話口で笑っている。
『まあ、そんなわけでようやく本当に一回やろうってことになって。進学したやつも来年は就職するだろ? そうなるとますます集まれないからさ』
 成人式で盛り上がったはいいが、口約束で誰も動こうとしないのはよくあることだ。こちらも話半分で聞いていたことだが、本格的にバラバラになる前に集まろうという話になったらしい。
 日程と場所を聞き、行けそうだと返事をした。
『智に連絡しといてくれって言ったんだけどさ、あいつ、なんだかぐだぐだ言って俺に押し付けやがった。相変わらずだなあいつも。まあいいけど』
「ふうん」
 吸い終わって灰皿に煙草を押し付け、すぐさま次に火を付ける。
「あいつ、来るって?」
『それもなんだか分かんねえんだとよ』
 部屋の鍵を取り上げてから半年が経っていた。アパートの前で待ち伏せされ、その姿を見るとそのまま踵を返し、他所に泊りに行った。いつまで待っていたのか、自宅に帰ることができたのか、克也は知らない。携帯にも連絡が来たが出ていない。メールも無視した。
 三ヶ月が経った頃からか、その連絡もなくなった。
『あいつも来年就職だろ? うまく決まんなくて顔出せないんじゃね?』
 一杯になった灰皿に更に吸い殻を押し付ける。テーブルの上は空き缶や紙くずなど、ゴミが散乱していた。
 じゃあ、積もる話は会ったときに、と電話を切った。
 何を考えるでもなくボーっとして、無意識に煙草を持つ手に気づき、それをしまって立ち上がった。風呂に入る前に部屋の換気でもするかと窓を開ける。
 真冬の空気が入ってきた。部屋の換気をしながら、床に散らばった雑誌を拾い上げる。敷きっぱなしの布団はシーツを取り替えることもなく、朝起き出したままの状態でそこにあった。飲み干した空き缶を台所に持っていけば、シンクの中は洗い物の他に弁当の殻がそのまま放り込んである。
 職場と学校と部屋とをただ淡々と往復し、自炊もせずに弁当ばかり買っている。冷蔵庫の中もビールしか入っていなかった。
 頭をバリバリとかきながら、冷蔵庫の前で苦笑する。
 なんのことはない。冷蔵庫にいつも食材を入れて置いたのも、部屋を片付けていたのも、誰かのためにやっていたらしい。いつ来るとも分からない誰かを迎え入れるために用意されていたそれらは、完全に自分一人になった今、なんの用も成さない。
「なんだろうなぁ。馬鹿くせえ」
 就職が上手くいっていないのか。
 冷たい風の吹き込む窓から外を眺め、ぼんやりと考える。もともといい加減な性格で、嫌な事を全部後回しにしていたツケが回ったんだろう。
 立ち直りも早いヤツだったが、今回は愚痴も聞いてやれない。
 一人で踏ん張っているのか。投げ出して母親あたりに叱られているのか。それとも誰か愚痴を飛ばせる相手を見つけたのか。
 どちらにしろ克也はもう手を離してしまった。それも手酷いやり方で。
 どっちもどっち。自業自得だ。
 いい加減、見切りを付けないとどうにもならない。待つ人はもう二度と来ない。自分でそうしむけたのだ。
 今更心配だなどと、思う資格もない。
 

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