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明日晴れたら〜ろくでなしの恋 18 |
生まれ育った土地を、久しぶりに歩いていた。知らされていた店は克也がいた頃にはなかったダイニングバーで、昔はレンタルショップだったと記憶している。 場所は分かっていたから迷うことなく店を見つけることができた。店内に入ると、宴会はすでに始まっていて、知った顔から知らない顔まで、人で一杯だった。 仲間内のささやかな集まりのはずが、声を掛けていくうちに、俺も私もと輪が広がり、誰もがこんな機会はそうないと踏んだのだろう、ほとんど学年全部が集まる騒ぎとなっていた。 「お、来たな。久しぶり」 克也に電話で知らせてくれた同級生の橋本が、グラスを片手にやってきて、連れて行かれる。奥へ進むと知った顔ばかりが集まっていた。 「すげえ騒ぎだな」 克也の声に、幹事の橋本がすでに赤くなった顔で笑い返してくる。 「そうなんだよ。これも俺の人徳?」 戯けて言うセリフを適当に流し、克也もビールを受け取った。広い店内は、今日の為にテーブルを隅に寄せ、立食形式にされていた。百人近い人数があちこちで固まり、笑い合っていた。家が近所だったクラスメートもいたし、まるで誰だか分からない人もいた。 店内を見回すが、智の姿は見つけられなかった。 「橋本。智は? あいつ来ねえって?」 克也の問いかけに、橋本は「ああ」と振り返る。 「来られたら、っていう返事だった。取りあえず会費は払ってんだけど」 「就職は決まったって?」 サッカー部だった橋本は、昔のチームメイトと花を咲かせている。しつこく肩を掴み、質問を繰り返すが、もう一度振り返った橋本は「さあ」と曖昧に首を傾げた。 「俺も電話でちょっと話しただけだし。突っ込んでは聞いてない。面接とか忙しいのかな。それともうまくいかなくて顔出しづらいとか」 すでに働いている橋本にとって、人の就活はあまり興味が湧かなかったらしい。それに、仕事の合間を縫ってこれだけの人数の同窓会を纏めたのだ。一人一人とじっくり話している暇もなかっただろう。 所在なく会場の一角で酒を飲み、たまに寄ってくる旧友と雑談をしながら時間を過ごす。高校を中退したことは周知の事実だったが、それを突っ込んでくるやつはいなかった。克也自身今は働いており、あの頃よりも落ち着いているのが、傍目からも分かるのだろう。てっきりやくざかなんかになるかと思っていたと、まんざら冗談でもない調子で言われるのにも適当に受け流し、笑っていた。 会も終盤にさしかかり、克也は昔の悪友たちと話し込んでいた。万引きの疑いを掛けられ、腹いせに校長室の備品を壊したことなどを懐かしんでいたときだ。 「お、来た来た。智。こっちこっち」 顔を上げた悪友の一人が大声で叫び、そっちへと視線を向ける。呼びかけに応え、まっすぐに歩いて来た智は、急いでやってきたのか少し息を切らしていた。コートを脱いだその下は、スーツだった。 「よかった。間に合った」 息を切らしたまま、智が遅れた理由を述べている。こんな日にも就職活動をしていたのかと思っていたら、そうではなかった。智の所属する大学のセミナーで講演会があり、その手伝いをしていて遅くなったのだと言った。 駆けつけ一杯とビールを飲んでいる姿を横目で眺め、こちらを見つめてくる瞳から逸らすように視線を戻す。 スーツ姿の智を見るのは初めてだった。まだまだ着こなしているとは到底言えず、借り着のようなその格好に苦笑が漏れる。 「久しぶり」 遠慮深げに声を掛けられ「ああ」と応える。 「元気だった? かっちゃん」 「変わりねえよ」 半年やそこらでなにが変わるわけでもない。相変わらず必要最低限の答えしか返さない。 「だよな。学校は? 行ってる?」 「ああ」 変わるとすればきっと智の生活のほうだろう。 「そっちは? 就職のほうはどうなんだ」 「ああ、うん。なんとか」 「決まったのか」 「うん。なんとかね」 そうか。決まったのかと、口の中で繰り返した。 なら、心配はないだろう。 |
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