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明日晴れたら〜ろくでなしの恋
20


 相変わらず職場と学校に通い、時間に追われているうちに、気づけば春になっていた。
 学年末試験はなんとか及第点をもらい、追試をうけることもなく、無事二年に進級した。担任と社長と克也とで三者面談をし、行けそうな大学を羅列され、仕事と学業の上、今度は受験勉強までする羽目になっている。
「死ぬだろ。いくらなんでも」
 担任は機械工学がいいと言い、社長は建築学科に進めという。どちらも本人の実力を無視した難関校だ。分厚い募集要項の冊子を渡され、今から準備をすればなどと言われても、到底合格できるような気がしない。
 職場では克也に続き、二人がこの春から高校に通うことになっている。どちらも克也の始めた年齢よりもずっと若く、今はやる気に満ちている。周りのいい手本になれと社長は背中を叩き、年寄り連中も相変わらず囃し立てる。仕事も五年目に入り、重要な工程が回ってくるようにもなっていた。
 期待されるのは嬉しいが、少々その重責がつらくなってきた。元々誰かに弱音が吐けるような性格をしていない。
「頑張るしかねえんだけどよ」
 受験案内のパンフレットと試験問題集を床に散らばせて、その横に大の字になり独りごちた。
 ピンポンとインターフォンが鳴り、のっそりと起き上がる。
 日曜の午後だった。
 定期的にやってくる新聞の勧誘だと思い、物騒な顔をしたままドアを開けると、宅配便の兄ちゃんが立っていた。
「秋葉克也さんにお荷物です」
 愛想のいい兄ちゃんは、克也の名前と住所を確かめ、荷物を渡してきた。それも二つ。受け取った荷物はずっしりと重く、二つとも贈答用の包装がしてあった。
 中元でも歳暮の季節でもないし、第一克也にそんなものを送ってくる人などいなかった。首を傾げながら宛先を確認するが、確かに自分の名前が書いてある。
 送り主の欄を見て、動きが止まった。
 ハンコを押し、部屋に戻る。冊子の散乱したテーブルのそれらをどけ、荷物を置いた。
 智からの荷物だった。
「……爆弾とかじゃねえだろうな」
 しっかりと包装された紙包みを慎重に開け、中から出てきた箱を凝視する。
 ハムの詰め合わせと、ビールの詰め合わせだった。
 並べられた二つの箱を無言のまま見つめながら、昔、電話でしていた会話を思い出す。
 ――何が欲しい? なんでも買ってやるよ。初任給で。
 ――ビールだな。
 ――ショボイ。ショボすぎ、かっちゃん。
 ――あとハム。お前冷蔵庫のもん全部食っただろ。空っぽだったぞ。ハム返せ。
 あの頃、智はマリコという女と付き合っていた。確かそのツテで克也に時計を売りつけようとしていた。
 他愛ない話をし、騙されていると苦言を呈し、それからそんな話になったのだ。
「……あんの野郎」
 高級ハムの詰め合わせセットは、これでもかっていうほどの丸々太ったハムとソーセージがぎゅうぎゅうに入っている。ビールも発泡酒ではなく、有名どころだ。
 そうか。初任給をもらったのか。
 ぷりぷりのハムを手に取って、思わず顔が綻んだ。
「面白ぇことしやがって」
 暮れの同窓会のときのスーツ姿を思い出す。あのときより少しは似合うようになっているだろうか。
 ハムとビールを冷蔵庫に仕舞う。それだけで小さな冷蔵庫は一杯になり、それを見ただけでまた笑いが込み上げてきた。
 部屋に戻り携帯を出しかけて止め、出掛ける支度をした。
 せっかく初任給で約束通り贈り物をくれたのだ。礼とおめでとうぐらいは言ってやらないとな、と靴を履いた。



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