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明日晴れたら〜ろくでなしの恋
5


 疲れの上塗りをさせられて、イライラしたまま自分で自分を慰め後始末をして風呂から上がると、智はすでに寝ていた。
 人の布団で。
 濡れた髪も乾かさないまま、我が物顔で惰眠を貪っている。
「……」
 食欲と性欲と睡眠欲と。人間の三大欲求をすべてこの狭い部屋で満たし、克也の枕に濡らしたままの頭を乗せて、寝ている姿はまさに寝汚い。
 パンツ一枚の格好で布団の横にドッカリと座り、ガシャガシャと髪を拭いた。なんだかんだ言って十二時近くになっている。
 明日は五時起きなのに。しかも床で寝ろってか?
 克也にこんな仕打ちを平気でしてのけるのは、智しかいない。
 一対一なら相手がやくざだろうと負ける気はしない。売られた喧嘩は釣りがなくても買ってきた。売られなくても買って出る。それで高校を中退し、今の社長に拾われるまでの生活は、決して自慢できるようなものではない。当然周りには似たような連中しかいなかった。
 それにしたって、克也に飯を作れだの金を貸せだのと言ってくるやつはいない。まして風呂場で克也を背後から襲い、乳首弄れだのフェラで我慢しろだの言うやつなんかいないのだ。
 智を除いては。
 一発で人をビビらせる克也の睨みもこの男には通用しない。ガラスが割れるような怒声を放とうが、智はへらへら笑っている。
「そんな顔したって『おねしょマン』だったくせに」と、どこ吹く風だ。
 言っておくがおねしょの回数は智のほうが多かった。一緒の布団に寝ていて智が漏らした布団を干してやったのは自分だ。智は小言を言う母親の前でメソメソ泣いて、「だってかっちゃんがぁ」と、自分の罪を人になすりつけていた。
 思えばあの頃からこいつはそういうやつだった。
 人でなしだった。
 ご近所同士で同年代に生まれ、一緒に育った幼なじみは、片割れがどんどん成長し、親の離婚で荒もうが、再婚で自棄になろうが、暴れて退学になろうが、「おねしょをしていた泣き虫のかっちゃん」のままなのだ。
 腐れ縁にも等しい忌々しい関係はこれからも続くのか。
 冗談じゃない、と思う。
「なんでフェラがよくてキスが駄目なんだよ。馬鹿か」
 シンクに放り込んだままの皿は当然の如く洗われていない。やりっ放し。出しっぱなし。やりたい放題。挙句に人の体を欲望処理に使いやがった。マリコちゃん一筋が聞いて呆れる。
 留守がちな親を持つ克也はしょっちゅう智の家に預けられていた。夕飯を御馳走になり、一緒に風呂に入り、一緒に寝る。
 高学年になって、性に興味を持つようになると、興味本位でお互いを触りあった。自慰の延長のような行為は今になってもずっと続いている。好きな人ができようが、彼女ができようが、誰かとセックスしようが、自慰はする。要するにそれを、克也を使ってやっているだけだ。
「……ろくでもねえな」
「かっちゃん、寝ないの?」
 布団の中から智が声を出した。
「寝るよ」
 電気を消し、グイグイと智を壁に押しやり、布団の端に体をはみ出させて横たわる。
「おら、もうちょっとそっち行けや」 
「狭い」
「じゃあお前が出ていけ。俺の布団だ」
 壁の方を向き丸まった背中に被さると、智の背中が克也の腹の形にぴったりとくっついた。箱に収った食器のように重なって眠りに就く。枕は智に取られているから自分の腕を頭の下に敷き、余った腕を智の上に置いた。
「暑い。重い」
「うるせえ」
 文句を無視して目を閉じる。
 まったく。なんでこんな目に遭っているのか。
 なんでこんなのが――俺はいいのか。
 女を抱いたことはある。男も試した。どっちもいけた。ただ同じ相手と同じ事をしようとは思わなかった。楽しくもないし、大した快感も得られなかった。快感の伴わない射精はただの排泄に等しい。
 ろくでもないという点では智を笑えない。
 なんで俺がこんな目に。
 不幸の元凶が克也の腕の中で丸まっている。ダンゴムシのように。
 子どもの頃から迷惑をかけ放題で、女のために所持金三十円になり、夜中に人の家に押しかけてきて飯を作らせ、風呂場で自分だけいい思いをし、人の布団で狭いと文句を言う。
 それの全部を受け入れている俺の身にもなってみろ。
 心の中で悪態を吐いている克也の顎の下で智が寝息を立てている。丸まった体が規則的に上下して、髪の毛からは仄かに石鹸の香りがした。


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