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明日晴れたら〜ろくでなしの恋
7


『まあいいよ。俺が就職したら初任給でかっちゃんに豪華時計をプレゼントしてやるよ』
「いらねえな。そんな先までお前がマリコと続いているとも思えないし」
 電話の向こうでカラカラと笑い声がした。本人もそう思っているらしい。
「時計はいいから金返せ」
『それはそれ。ほら、かっちゃんにはお世話になってるしさあ。いつかお礼がしたいんだよ』
 殊勝なことを言っているが、そう思うならせめて迷惑を掛けないで欲しいと思う。
『何が欲しい? なんでも買ってやるよ。初任給で』
 就職もする前から豪気なことだ。就職活動さえまだ始めていないというのに。
「ビールだな」
『ショボイ。ショボすぎ、かっちゃん』
「あとハム。お前冷蔵庫のもん全部食っただろ。空っぽだったぞ。ハム返せ」
 なんだよぉ、かっちゃん、と、甘えた声を出すのを無視し、電話を切ろうとしたら、引き留められた。
「なんだよ。これからサッカー観るんだよ。切るぞ」
『なあ、たまには帰って来いよ、こっちに』 
「ああ、飲み会だろ? 決まったら知らせてくれ」
『そうじゃなくて、家。母ちゃんがかっちゃんの顔見たいって』 
 智は自分の家を克也にも「家」と言う。
『どうせろくなもん食ってないだろって』
「冷蔵庫のもん全部食われたしな、誰かに」
 軽く切り返すと、電話の向こうでまた軽い笑い声がした。
 な、待ってるから。
 気軽に誘われ、ああ、そのうちな、と返し電話を切った。
 テレビを付けると、目当てのサッカーの試合はすでに始まっていて、贔屓のチームが一点入れられていた。
 ち、と舌打ちをし、しばらく試合観戦に集中する。テレビの歓声が部屋に広がった。
 外では酔っぱらいのだみ声が聞えていた。酒で抑制が効かなくなったのだろう、大声で連れにもう一件行こうと誘っている。どうせ家に帰っても夕飯がなく、家族は寝ているんだと自嘲気味に語っている。父親なんてこんなもんだよと愚痴っている声は、それなのに何故か楽しそうにも聞こえた。
 高校を退学になったとき、父親は克也を怒鳴り、新しい母親はただただ困惑していた。今どき高校も出ないでどうするつもりだと問われ、なんとかなると答えた。実際そう思っていた。
 父親は呆れたように笑い、新しい母親はやはり困惑したまま何も言わなかった。
 智の母親だけが心配をしてくれた。
 ねえ、かっちゃん、困ったねえ。これからどうしようか。
 自分よりも余程困った顔をしてそう言った、途方に暮れたような顔を今でも覚えている。退学して申し訳なかったと、そのときに初めて思った。それ以来、智の家には行っていない。
 しばらくフラフラしたあと、今の社長に拾ってもらい、就職したとき、父親は続くものかと馬鹿にしたように笑っていた。新しい母親はやはり何も言わず、父に追従するように薄笑いを浮かべていた。一人暮らしを始め、その家にもそれ以来行っていない。
 試合が終わった。
 結局一点のビハインドのまま贔屓のチームが負けた。ビールもちょうど飲み終わり、そのままゴロンと横になった。
 智は「帰ってこい」と言っていた。克也の家でもないのに、ごく自然な調子で。
 ろくなもん食ってないとか。
 克也の心配をしている場合かと思う。自分の息子が所持金三十円で人の部屋の前で転がっていたというのに。
 まったく。親子してお人好しなことだ。
 初任給で自分に時計を贈るくらいなら、親に贈ってやれと思う。その前にちゃんと人間らしく生きろ。どっかズレてんだよな、あの親子。
 贔屓のチームは負けてしまったが、今日はこれ以上やけ酒を飲む気にはならなかった。

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