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明日晴れたら〜ろくでなしの恋 9 |
コンビニ弁当をぶら下げてアパートの前まで行くと、階段に蹲っていた影が動いた。 「おかえりぃ」 「なんだ。また金なくなったのか」 えへへへ、と笑って階段を上る克也の後ろを智がついてくる。 「なあ、やっぱり不便だろ。かっちゃん、合い鍵くれよ」 「やなこった」 克也の部屋に気軽にやってくる智だが、合い鍵は渡していない。合い鍵なんか渡したら、それこそ生活を滅茶苦茶にされてしまう。智の我が儘に振り回されている克也だが、そこはどうしても譲れない、最後のプライドのようなものだった。 鍵を差し込みドアを開けると、後ろで待っていた智が猫のようにぬるりと滑り込んでいった。家主よりも先に。真っ先に冷蔵庫に向い、ビールを取りだしている。 「あれ、一本しかねえよ?」 そしてその一本のプルタブを開け、その場でゴクゴクと飲み出した。 「珍しいじゃん。ストックないなんてさ。コンビニ行って買ってきたら? かっちゃん」 「てめえ、最後の一本飲んどいて、俺が買ってこようかとは言えねえのか」 テーブルの上に弁当を袋ごとドサリと置いた。どっちみち今日飲むつもりはなかったし、なくなったらなくなったで別にいいと思っていた。 正月を過ぎ、社長の勧めてきた高校の入学試験が二月に迫っていた。中学卒業程度の簡単な筆記試験と面接があると聞いていた。社長が言うには、実際には小学校卒業程度だし、自分の名前さえ書けりゃいいなどと克也の心配を笑い飛ばすが、それでも絶対に落ちないと噂される定時制高校に落ちたらと思うと、流石の克也も落ち着いてはいられなかった。 こっそり問題集を買ってきては、眠い目を擦り、したことのない勉強などをしている。 夜間の学校は完全給食があるらしく、部活も修学旅行もあるという。部活なんか俺がするものかと思いつつ、少ない運動部の項目を確認し、パンフレットに載っている修学旅行の写真を眺めたりする。 写真に写る学生たちは、様々な髪の色をして、もちろん学生服なんかは着ていない。働きながら通っているというから、なんとなく年配を想像していたのだが、案外若いやつらばっかりだ。もしかしたら克也は年長者の部類に入るのかもしれなかった。 十人ほどで固まってカメラに目を向けている集団は、皆笑顔だった。 馬鹿らしい、馴染めるものかと苦笑しながら、それでもなんとなくその写真を眺めてしまうのだ。 なんの気なしに通い、そしてなんの気なしに追い出された高校に、二十歳を過ぎてからまた通おうとしている。不思議なものだ。 真面目だった覚えはないが、大きな事件を起こしたということでもない。日常だった喧嘩のひとつを取り上げられ、いともあっさりとはじき出されたのだ。怒りは覚えたが、だからどうしようとも思わなかった。 社長に拾われ、やっと落ち着いたようにも思えたが、それだって一生懸命頑張ろうなどと気負った覚えもない。追い出されないからそこにいる。ただそれだけなのに、社長は何故かそんな克也を評価してくれたのだ。 そうなると、淡々と言われるままに作業をするだけだった仕事に俄然興味が湧いてくるのだから、我ながら現金なものだなと思う。手に職を付けるために、勧められるまま免許を取ろうと思っていたのが、他にはどんな業種があるのか、それを取得するためには自分がどうすればいいのかなど、いろいろと調べるようにもなっていた。 こんな自分にも未来が開けているのだと、頑張ればもっと上にいけるかもしれないという希望があることが不思議で、そして嬉しかった。 智ももうすぐ四年になる。前ほど遊び惚けているようでもなさそうだった。単位を取るための試験も集中しだし、就活もたぶん本格的に始まっているのだろう。 人の最後のビールを勝手に飲んでいる智の向いに座り、買ってきた弁当を開ける。ふと気が付いて「お前、飯は?」と聞いたら「食ってきた」という答えが返ってきた。それならいいかと遠慮なく弁当を頬張っている克也を智が眺めている。 「なんだよ。食ってきたんだろ? やらねえぞ」 「いや、なーんか最近かっちゃん楽しそうだなって思って」 智にはもう一度高校に行こうとしていることは内緒にしている。気恥ずかしさもあったし、もし落ちたらという危惧も未だ捨て切れない。格好悪い姿を見られるのはどうあっても勘弁だ。 「ほうか? 別になんもねえけどな」 もぐもぐいわせながら答えると、四つん這いでにじり寄ってきた智が飯を食っている克也の膝の上に乗ってきた。胡座をかいている克也の足の隙間に尻を付け、向かい合わせになってくっついてくる。 「食えねえよ」 首っ玉に腕を回してくるのを避けながら箸で刻んだハンバーグを食べようとしたら「やっぱり旨そう」と、智がそれをパクンと横取りした。 「あ、てめ、なにしやがる」 でかいかけらを持っていかれ、不満を漏らすと、智はもぐもぐ言わせながら「ちょっと味が濃い」などと文句を言う。 「そんなら食うな」 どこまでも自分勝手なヤツだと、また箸で千切ったひき肉の塊を取るが、それの行方をじっと見ている。なんだよ結局食いてぇのかよ、と、それも智の口へ運んでやる。半分咥えたハンバーグを、今度は克也の唇に押し付けてきた。 「おい」 ぐいぐいと押し付けられて、それを口に含む。咀嚼して飲み込むと、今度は唇の端についたソースをペロっと舐められた。 「食いもんで遊ぶなよ。俺は腹が減ってんだよ。黙って食わせろ」 克也に叱られ、大人しく食べ終わるのを待っている……はずもなく、今度は人のズボンのジッパーを外しにかかっている。 「てめえ! 大人しくしてろっつってんだろうが。なにやってんだよ」 弁当を食っている人の下半身まで降りていき、取りだしたイチモツを咥えられた。いったいなんのサービスなのかと思う。頭を掴んで引っぺがそうとしたが、意地のようになって剥がれない。こっちも意地になって黙々と弁当を食い続けた。下半身を剥き出しにし、弄ばれながら。 「あ。今日はすぐ大っきくなった」 嬉しそうな声が聞こえ、持っていた弁当をテーブルに投げ置いた。弁当と一緒に買っておいたペットボトルのお茶を飲む。 |
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