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明るいほうへ
10

 翌週の土曜日も暑い日だった。アブラゼミやクマゼミの鳴き声に押されてはいるが、それでも微かに聞こえてくるツクツクボウシの音に夏の終わりを感じた。
 遠藤君とは斉信大学のある駅前で待ち合わせをした。
 目ざとい秋元君に「なにか二人で楽しいことをしようとしてません?」と気付かれてしまい事情を話した。一緒に行くかい? と誘ったのは本心からではなかったが仕方がない。デートだと思っているのは、もちろん俺だけなのだから。幸いなことに秋元君はスポーツに興味がなかった。自分の働いている会社のことを考えると、それはどうなんだ? と思わないでもないが、今日だけは不問に付そうと思っている。ナイス、秋元君。
 改札を出ると遠藤君が先に着いていた。後輩として早めに来ていたのだろう。そういう気遣いが出来る子なのだ。人の邪魔にならない所に立ったまま、忠犬のようにじっと改札を見詰めていた彼は、俺の姿を見つけて破顔した。
 私服の遠藤君を見るのは初めてだった。いつものスーツ姿も震えるほど格好いいが、Tシャツにジーンズといったラフな格好も、いい。いつもは仕事用に後ろに軽く流すようになでつけた短髪が今日は洗いざらしです、みたいに自然に額にかかっていて、健康的な肌に合っている。野性味三倍増しの風体で「野坂さん」と俺に向かって笑いかけるものだから、目眩がするどころか鼻血まで出そうになってしまった。
 なんとか平静を装って二人並んで歩く。鼻血は根性で抑え込んだが、顔がつい綻んでしまうのは止められない。だって初めてのデートなのだ。俺だけの。
「私服の野坂さんて、若く見えますよね」 
 横顔を見つめられながら、遠藤君がいたずらっぽく言う言葉は、俺の中で「今日の野坂さんは可愛いですよね」に勝手に変換される。
 はっきりと黒い影法師が二つ、路を歩いている。大きい影法師が小さいそれに歩調を合わせてゆっくりと動く。実際の距離よりも近くに寄り添っているように見える影は、恋人同士のようだった。
 勝手知ったる足取りで大学の構内を案内した。俺がいつも行くトレーニングルームのある建物の前を過ぎて、体育館へと向かった。どこの学校でも同じようにざわついていて、どこか無責任でのんびりとした雰囲気を遠藤君は懐かしんでいるようだった。
 彼の瞳に少しでも暗い影が落ちてはいないかと、そっと覗きこんだ。彼が何を思い、何を悩み、何に苦しみ、それをどう乗り越えてきたのかを俺は知らない。だけど見返してにっこりと微笑む遠藤君の瞳に、暗さは見つけられなかった。本当に強い子だな、とまた一つ彼を好きになる。
 観客席に座って、すでに試合前の練習を始めているコートの中に戸部君がいた。成程、大勢の選手の中での彼はそれほど大きくは見えなかった。彼と組んでパスを返しているのが、携帯で見せられた戸部君の恋人だった。実際の彼は写真よりもずっと格好良くて、戸部君の心配も納得できた。



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