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明るいほうへ
11

 試合開始の笛で、選手と控えがばらばらに別れた。先輩はコートの中、そして戸部君はベンチに向かった。
 実力が拮抗しているのだろう相手チームとの対戦は互角だった。片方が鋭いサーブで一点を入れると、すかさず次のターンでスパイクを決めて取り返す。矢のように飛ぶボールに、ああ! と声が出て、それを観客席に飛び込む勢いで拾い返すと、おお、と声が上がる。
 拾われたボールが戸部君の先輩に集まって、柔らかく、時には鋭く上げられる。先輩は選手達の中心にいた。
 タイムアウトがとられて選手たちがベンチに集まった。戸部君はタオルやドリンクを渡して甲斐甲斐しく世話を焼いていた。先輩がコーチの指示を聞く間もひと時も目を外さない。
「あのセッター、すごいですね」
 遠藤君も彼の一際軍を抜いたセンスの良さに気が付いていた。
「うん。オリンピック候補らしい。凄いよね」
 抜きん出た才能の光を放つ一人の選手の前に、観客も、味方も、相手チームさえも注目し飲み込まれていく。派手なスパイクも、強烈なサーブを持たなくても、今この試合の中心にいるのは明らかに戸部君の先輩だった。
 互角だと思っていた点差がじりじりと開いていく。終わってみれば斉信大の圧勝だった。俺は「凄いなあ」「格好いいなあ」を馬鹿みたいに繰り返しながら観戦をした。興奮していた。直接の知り合いではなかったが、とても近い関係にある人が活躍する姿をみるのは楽しかった。気がつくと、いつ渡されたのか覚えのないスポーツドリンクを握っていて、そのボトルはベッコベコにへこんでいた。
「野坂さんがこんなに熱い人だって知りませんでした」
 遠藤君が可笑しそうに言った。
「あ、子供みたいにはしゃいじゃった? 俺、本当に試合を観るのが好きなんだよ。自分はできないくせにね」
「じゃあまた今度何か観に行きます?」
「もちろん!」
 異存があるはずもなかった。大好きな遠藤君と行けるなら、闘鶏だって、わんぱく相撲だって、サクランボの種飛ばし大会いだって喜んで行くだろう。
「彼、出ませんでしたね」
 遠藤君がタオルを配っている戸部君を指した。そう、結局試合が終わるまで戸部君はベンチにいた。だけどその顔はとても満足そうに輝いているのがわかる。きっと戸部君は先輩と一緒にコートで試合をしていただろうから。
 あんなに素敵な先輩を落としたのだから、君は偉いよと、こちらを向いた戸部君に「お疲れ様。凄く面白かった!」と叫んだ。
 にっこりと、試合の後だというのに、まるで今まで昼寝をしていましたというような、のんびりとしたいつもの顔で、戸部君がコート外の通路を指さした。口が「待ってて」と形作られている。



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