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明るいほうへ |
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「誰からです?」 急に近くから声が聞こえ、慌てて携帯をしまおうとしたその手をガッと掴まれた。見られたら堪らないと振り払おうとしたけれど、強く握られてどんなに抵抗しても離してもらえない。 「戸部君からだよ。ちょ、っと、離せよ」 「じゃあ、慌てることないじゃないですか。戸部さんだなんて嘘なんでしょ? 昨日の人ですか?」 「嘘じゃないって! 番号も知らないから。は、離せよっ」 「会うんですか?」 「だから、違うって!」 闇雲に暴れたら、肘にガツッと嫌な手ごたえがあった。慌てて眼をあげると、はじけ飛んだ顔がゆっくりとこちらに向き直ってきた。ポタリと赤い滴が床に落ちる。携帯を離すまいと体ごと回した腕が、彼の鼻にクリーンヒットしてしまっていた。 「あっ……ごめん、血が。手当てしないと……」 喧嘩は一時中断して、とにかく血を止めないと、と体を放そうとするのに、握った腕が離れない。その間にもポタポタと赤い滴が床に落ちていく。 「ほら、押さえないと。手、放して」 「いやです」 「遠藤君!」 きつい声で叱ったら、いきなりガバッと抱きつかれた。物凄い力だった。何が起こったのか分からず、俺は棒立ちのまま動けずにいた。 「……ないで……」 ぎゅううっと力が強まって息が出来ない。 「え……ん、どう、く……、は……な、ぢ」 息も絶え絶えに、鼻血、鼻血と繰り返した。とにかく今はその鼻血を手当てしないと、とそればかり考えていた。 「会わないで」 絞るような声が聞こえた。今絞られているのは俺なんですけど。 「会わないで、ください」 「だ、から、違う……って。遠藤君、く……る……し」 「行くな!」 「わ、かった……から、い、かな……いから」 「本当?」 ようやく力が緩んで安堵した。はあはあと息をついで喘いでいる顔を、鼻血を流したまま至近距離で覗かれた。 「うん。行かないよ。どこにも行かない。だから、手、放してくれる? 手当てしないと」 宥めるように言ったら素直に「はい」と返事が聞こえて手が離れた。洗面所に行ってタオルを濡らしている間、混乱する頭で考えていた。 これって、この状況って、もしかして……なのかな。でも、でもなんで? 部屋の真ん中で茫然とした様子で座っている遠藤君の傍に跪いて汚れてしまった顔を拭いてあげた。 平行線で交わることがないと思っていたものが、なんだか少し、交わっているような気がする。でもすぐには信じられなかった。半信半疑のまま鼻をそっと押えた。血はすでに止まっているみたいだ。 遠藤君は大人しくされるままになっている。だけどその眼は俺をじっと捉えたまま逸らさない。 嬉しいような、でもどうしてこうなっているのか分からない、不思議な気持ちで遠藤君の顔を見つめ返した。 「俺、昔から結構女の子にモテて。今まで不自由したことないんですよ」 なに? 何の話? なんで急に自慢話を始める? 「だから、人の好意に敏感っていうか。あ、この人、俺のこと好きだなっていうのがわかるっていうか」 でもそれって女の人限定だろう? だって、俺の好き好き光線は通用しなかったし。 「だから、就職して野坂さんに仕事教わっている時も、秋元より絶対俺の方を可愛がってくれてるなって。ガキみたいなんですけど」 うん。それはそうだった。ごめんね、秋元君。 「だけど、戸部さんに会ったら、野坂さんすごい楽しそうで、それで俺、なんか面白くなくて。なんだよって。ほんと、ガキみたいなんですけど」 「うん。そういうのってなんとなくわかる。でも、戸部君と遠藤君は違うよ」 「あの時も、泣いてる野坂さん見てて、なんか、困って。俺すげぇ、困って」 「困ったの?」 爆笑された覚えがあるんだけど。 「泣くほど戸部さんが好きなのかなって思ったら、なんだか悔しくて、それで……」 凄く嬉しい言葉を聞いた。遠藤君は下を向いてしどろもどろといった風に言葉を探している。「そんで」「あの」「その」とか言っている声を聞きながら、言葉の続きを待った。 「悔しくて、腹が立ってんのに、野坂さんの泣き顔みてたら……」 「うん」 「なんか……可愛くて。目が真っ赤で、ウサギみたいになってて……可愛くて……」 背中がゾクっとした。 「……キス……したくなった」 俺よりもずっと大きな体で上目使いに覗かれて、骨まで全部溶けそうになった。 |
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