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明るいほうへ
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 あちぃ、あちぃ、あじぃーっ、とセミが鳴く。
 日陰に入っても気休めにもならない炎天の下、お茶とコンビニお握りをぶら下げてうろつく。
 会社近くにある公園は広かったが、いくつかある木陰のベンチはすでに占領されていた。
 給料日前で苦しいこの時期、本当は社食で蕎麦でもすすればいいのだが、最近はそれをしたくなかった。社食に行けばどうしても見たくないものを見てしまうからだ。
 遠藤君にガールフレンドができた。総務の女の子。名前は直美ちゃんという。
 直美ちゃんは毎日遠藤君のために弁当を作ってくる。料理教室に通っているから試作品を食べてほしいのだそうだ。とてもわかりやすいアプローチ。
「いいなあ」と素直に羨ましがる秋元君。俺もいいなあと思う。いいなあ、女の子はそういう飛び道具が使えて。俺だって遠藤君が喜ぶのなら寿司だって握るのに。握れないけど。
 毎日飲みに誘うことも出来ないから、遠藤君と秋元君と三人で食べる昼飯が、俺の一日の一番の楽しみだったのに、ある日直美ちゃんがやって来た。飛び道具をもって。
「お邪魔してかまいません?」と遠慮がちに言われて「構います」などと言えるはずもなく、何度かお邪魔されたが、結局お邪魔なのは俺達ですというオーラを出す直美ちゃんに負ける形となってしまった。
 そうして戦わずして敗戦者となった俺は公園を徘徊し、実家に住んでいる秋元君は給料前の懐も特に痛まない様子で外食をしに行くようになった。
 寝転がっているサラリーマンを横目に、この際木陰でなくてもいいかとベンチを探してなおもうろついていたら、「あれ? 野坂さん?」と後ろから声を掛けられた。
会社の人かな? ラッキー、隣に座らせてもらおうと声の方へ振り返ったが、その人の顔に覚えがなかった。
「あ、やっぱり野坂さんだ」
「……あ、斉信大の……トベ君、だっけ?」
「覚えていてくれてたんだ」
 覚えはない。覚えはないが、立ち上がった彼の身長には覚えがあった。二メートルはあるんじゃないかという桁のはずれた身長を持つ知り合いは、彼ぐらいしか思いつかない。
 日本人の体格も年々欧米化してきている。不況の折、縮小されるスポーツ業界はその中で、必死に世界に対抗できる選手を育てようと努力している。ただ体を鍛えて技を磨くことから、スポーツ理論を取り入れて、長い時間をかけて育てたいという考え方がここ数年の主流だ。スター選手を生み出したいのだ。
 肉体改造、怪我のリハビリなどは俺の勤める会社の分野だった。複数の企業のスポンサーをつけた大学からの要請で、理学療法士の資格を持つ俺は、アドバイザーとして何度かその大学へ招かれていた。効率的な筋力アップの方法、怪我をしない肉体造り、故障した選手のリハビリや、いろいろな器械を使ってのトレーニング方法や数値の取り方、器具の使い方などを、実際のスポーツ選手に使ってもらいながら説明をしていく。
 何人か呼ばれた選手の中で、バレーボール選手だという戸部君は、巨人のようにでかかったから、顔は覚えていなくても印象に残った。
「嬉しいですね」と目を細める表情がキリンを想像させた。穏やかで優しい草食動物の目のようだった。



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