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明るいほうへ
5

「昼飯ですか? よかったら隣どうぞ」
 大きな体をずらしてベンチを空けてくれた。
「ありがとう。助かったよ。おにぎり選んでる間に出遅れちゃって、困ってたんだ」
 遠慮なくご厚意に甘えて座らせてもらい、さっそくガサガサと貧相な昼飯を取り出した。戸部君もベンチに置いていた自分のご飯を膝に乗せて食べ始めた。運動選手は何を食べるのかなと覗いたら、普通のサンドイッチだった。量は普通じゃなかったけど。
「……すごい量だなあ」
 手作りらしいサンドイッチはハムやら野菜やらを挟んで四角いまま耳も切られていない。それを両手でギュッと押しつぶして、あーんと、大きな口を開けてかぶりつく。サンドイッチは口の中に入った途端、ジュッと音をたてて溶けてしまったように、瞬時に無くなった。
 感嘆していると戸部君は照れ臭そうに笑った。キリンが笑うときっとこんな風だろうと思われる、のんびりとした笑顔だった。
「野坂さんこそ、そんなちょっとで足りるんですか? 俺にはおやつにもならない量だ」
「うん。普段はもうちょっと入るんだけどね。さすがに暑すぎてさ。でも戸部君、よく俺の名前覚えてたね」
 俺が戸部君を覚えていたのは、彼の身長がとても印象的だったからだ。直接口をきいた覚えもないんだけどなと、素朴な疑問を口にした。
「だって野坂さん、すごく親切だったから。専門家にしてみれば馬鹿みたいな質問にも一生懸命に答えてくれてたし。それにほら、自分の会社の商品じゃないのにこっちの方がいいなんて推薦したりしてたから。すごくいい人なんだなって」
「いい人って……。あそこには営業で行ったつもりはないし。そりゃ自社の製品を使ってもらえたらありがたいけど、俺だって日本人として君たちに頑張ってもらいたいしね」
 正直な気持ちだった。俺はあくまでアドバイザーとしてあの大学へ行っていた。企業の都合だとか、利益だとかを度外視したところで頑張っている人たちを応援したかった。
遠藤君も大学で膝を故障して野球を断念したと言っていた。怪我も実力のうちなんて言う人もいるけれど、専門家がアドバイスすることで、少しでもそのリスクを減らせるのなら、その方が絶対にいいじゃないか。
 それからしばらくは戸部君の大学の話になった。こんなに背が高いのに、彼は実は正選手ではないという。彼くらいの身長の選手はごまんといるし、センスも能力も勝る人たちも、それこそごまんといるらしい。
「金もかかりますしね」
 今の大学でバレーをやりたくて、地方から受験して入学した戸部君はアパート暮らしで、多少の仕送りとバイトで生活をしているのだという。だから今日も練習の合間にバイク便のアルバイトをしていて、俺にここで会ったのだ。
「大変なもんなんだな」
「そうですねえ。大変ですね」
 彼が言うと全然大変そうじゃないのがなんだか可笑しかった。でも楽しいですよと笑う顔が穏やかで、少し寂しい感じがするのは俺の気の回し過ぎなのだろうか。
戸部君みたいな人はたぶんたくさんいるのだろう。日の当たる場所は、本当に限られたスペースにしかなくて、その周りには眩しそうに見つめながら自分もそこに行きたいと願って努力している人達がたくさんいる。でもその場所は、やはり努力だけでは到達できない、狭くて遠い場所なのだ。



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