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明るいほうへ
7

 気を遣ってくれた遠藤君と対照的に、のんきに携帯をパコパコと鳴らす戸部君。
 君はそんなにのんびりとしていて、飛んできたボールに飛びつけるのかい? と飲み込んだ皮肉を心の中で唱えたけれど、彼のお陰でデートできるのだと思ったら無下にも出来ない。
「格好いい人ですね」
「……うん」
「すごく野坂さんに懐いてる」
「うん。仕事教えたの、俺だし」
「付き合ってるんですか?」
「えっ?」
「いい雰囲気ですよ?」
「いやいやいやいやいや! あり得ないし!」
「そうなの?」
 当り前だろうと慌てて手を振ったら、持っていたペットボトルからお茶が零れた。今お茶を飲んでなくてよかったと思った。飲んでいたら、いつかみたいにビールではなくて今度はお茶で溺れるところだった。
 のんびり屋のキリンは、ふうんと長い首を傾げている。異常な発言なのに、この人が言うと普通に聞こえるから不思議だ。
「遠藤君にはちゃんと彼女いるし」
「じゃあ、野坂さんの片想い?」
「ええっ? な、な、なん、なにがっ、なんでっ?」
 わかったの? って言いそうになって言葉を呑みこんだら、一緒に入ってきた大量の空気にむせてゲホゲホと咳きこんでしまった。 
 大丈夫ですか? と背中を擦られながら、自分のどこかにそう思わせる何かがあったのだろうかと恐ろしくなった。ゼイゼイと息をつきながら、涙目で何か言おうと思っても、何も出てこない。
「変なこと言ってすみません。そんなに慌てると思わなかったから。野坂さんの目から『遠藤君好き好き光線』が出てたから、ああ、隠してないのかなって、勘違いしちゃって」
 やっぱり! 
 俺の目からはそんな光線が出ていたのか! と悶絶する横で戸部君が何事もなかったかのように携帯を操作している。メアド? メアド交換しようとしてる? こんだけ俺を動揺させておきながら、何のフォローもなし?
「はい、これ、俺の彼氏」
 にっこりと笑って差し出されて、覗いた画面にはユニフォームを着た男が写っていた。
「……彼氏?」
「そう。俺の恋人。イケメンでしょ」
 成程なかなかの整った顔だった。写真では分からないけれど、背もきっと高いのだろう。
「だから野坂さんもそうなのかなって、ちょっと嬉しくなって。びっくりさせてごめんなさい。でも普通の人にはわからないから、安心して?」
 そうか。だからなのかと納得した。上がったり、下がったりのバンジージャンプを繰り広げていた心臓が落ち着くと、安堵の涙がどっと出た。
「うわっ。ごめん。なんか俺、ビックリして……ごめん」
 止まらない涙をスーツの袖で乱暴に拭った。
「誰にも言えないのはきついですもんね。わかります。」
 ――本当にそうだ。
 誰にも悟られることなく想いを抱き続けるのはつらい。そのつらさを共有し、彼のことが好きなのだと告白できる相手ができたことが嬉しかった。
 濡らしたタオルで顔を冷やしてくれたり、ゴミ箱に弁当を捨てに行ってくれたりと、戸部君はいろいろと世話を焼いてくれた。「俺が泣かしたなんてばれたら、遠藤君にぶっとばされそう」と笑う顔は、やっぱり歯をむいたキリンにそっくりだった。



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