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明るいほうへ
8

 呑んでもいないのに、酔ったようなフワフワとした気持で午後を過ごした。
「野坂さん、何かいいことでもありました?」
 秋元君が目ざとく俺の変化に気がついた。
「うん。凄くいいことがあった」
 戸部君という何でも話せる友達ができた。その戸部君のお陰で遠藤君とデートの約束もした。遠藤君にとってはただの試合観戦だけど。
「じゃあ、機嫌のいいところで飲みに連れて行ってくださいよ」
 秋元君がちゃっかりと誘ってくる。背中の尻尾が大きく揺れているのが見えるようだ。
「あ、今日行くんですか?」
 慌てたように遠藤君も続いた。
 可愛い後輩二人にねだられて嬉しかったが、今は懐が寂しいのだ。それに今日は戸部君とさっそく夜に会う約束をしていた。いろいろ話を聞きたかったし、聞いてもらいたかった。
「あー、ごめん。今日は先約がある。給料が出たらまた行こうな」
 残念だったけれど断腸の思いで断った。ごめんよ、遠藤君。今度誘ってくれたら借金してでもついて行くから。
「もしかしていいことあったってそれですか? デート? ついに彼女ができたとか」
「だったらいいんだけどね」
 怪しいなあと勘ぐる二人にいやいやと手を振った。
「なんかなあ。俺だけ何にもいいことないっすよ。遠藤も直美ちゃんとお楽しみだし」
 秋元君の言葉がポトリと落ちた。幸せ色に染まっていた画用紙に落ちた小さな黒いシミ。それがじわじわと広がっていく。
「お楽しみなの?」
「こいつも今日はデートなんだって。なんだよ、俺だけ? 暇なの」
 消しゴムをかけたらシミはますます広がって薄汚れていく。
「別にデートなんてもんじゃないよ。ただ一緒に飯食うぐらいで」
「人はそれをデートと言うの」
「なんだ。今日行くのって聞いたのは、デートだから行かれないってことだったのか。なんだ。だんだんと誘いにくくなっちゃうね」
「もうこいつ誘うのやめましょうよ。野坂さん、今度から俺だけ誘ってください」
「おい。お前そういうちっさい嫌がらせすんなよ。野坂さん、ちゃんと俺も誘ってくださいよ」
 秋元君が俺の気持ちを代弁するような意地悪を言ってくれたので、俺はこれ以上嫌なことを言わずにすんだ。ほんと、俺もちっさい男だ。



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