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仰げば蒼し
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 電車に乗って一つ乗り換えてから四つ目の駅で降りる。今日の試合会場は隣の区にある区営グラウンドで、遠藤君のチームは午後からやるらしい。いつもの河川敷のグラウンドと違うから、みんな緊張していないといいけれど。
 空は晴れていて絶好の野球日和だ。吹きこむ風は秋の気配がした。
 弱小ファイターズの戦績は練習試合を含めて全戦全敗だ。まだ一度も勝ったことがない。
 俺も何度か見物に行かせてもらったが、遥か後方に飛ぶボールを全然手前でバンザイしたまま待ち構えていたり、トンネルしたボールを股の下から見送ってそのままでんぐり返しをしてしまうなど、なかなか見ていて楽しいチームだ。
 それでも遠藤君が丁寧に辛抱強く指導した甲斐もあって、だいぶ上達してきた。長打を狙うよりも、小さく繋げてみんなで点を取ろうとする姿勢が窺える。いいチームだと思う。
 案外彼は指導者に向いているのかもしれない。
 七―〇とか、九―二とかだった点差が、一番最近の試合では三―二まで追い詰めたらしい。あともう少しだ。それに、今日はナオキ君がいる。彼はまだ四年生だけど、結構安定したピッチングをする。打たせてアウトを取るタイプみたいだ。ダイ君との継投でうまくいけば、もしかしたら、今日初勝利をあげられるかもしれない。子供たちと遠藤君の笑顔が見たいと思った。
 ただ心配があるとすれば、ナオキ君が未だにチームに馴染んでいないということだ。母親があまり熱心でないらしい。
 こういった子供のスポーツ運営は保護者の協力がどうしても必要だ。途中から入ってきたのは仕方がないが、塾があるからだとか、共働きだからとかの理由で特別扱いみたいになっていて、それが親の反感をまず買ってしまった。親がそうだと子供にも伝染する。
 チームの雰囲気も心配だが、野球を続けたくて参加したはずのナオキ君自身が楽しそうにしていないのが気にかかる。
 会場に着くと、試合前の練習が始まっていた。
 全員が散らばって元気いっぱいに跳ねまわっている。ヨシ君も笑顔で「ヨッシャー」と気合の雄叫びを上げている。ベンチ入り最後の番号を付けた背中が嬉しそうだ。ダイ君もナオキ君もいた。遠藤君がホームベース近くでノックをしていた。相変わらず格好いい。 
 応援の垂れ幕を持ってくればよかった。コーチの応援をしても仕方がないのだが。チームのお母さんたちに言ったら、もしかしたら作ってくれるかもしれない。
 隠れ遠藤コーチファンクラブがあることをこの前キャッチした。俺も入れてくれないだろうか。
 応援席に着くと、わくわくした。
 つい一昨日のことなど遠く彼方に飛んで行った。やっぱりスポーツっていいなと思う。  
 楽しんでくれよ。怪我しないようにな、と一人一人にエールを送った。
 試合が始まった。ファイターズは後攻で先発はダイ君だった。
 初勝利に向けて張り切っている。「しまっていこうぜ!」と叫んで後ろを向くと、守りの全員が「オー」と返している
 ワインドアップからゆっくりと腕を振り下ろす。なかなか力強い球が走った。コントロールも今日は定まっている。以前よりも格段とフォームが安定していた。遠藤君の指導の賜物だ。
 トントンと二人アウトをとった。凄い。ゴロをさばく守りも華麗に動いた。ダイ君がムードメーカーなのだろう。このままいけばいい。
 三人目が詰まった当たりながら俊足で塁に出た。相手チームも鍛えられている。四番の男の子は中学生みたいな体格をしていた。当たればでかそうだ。
 ボールを二つ先行させた後、ダイ君が渾身のストレートを真中に放った。もっともダイ君はストレートの真ん中以外は全部ボールなのだが。カアンと小気味よい金属音が響いて一瞬ぎくりとしたが、ボールは詰まってライトの手前付近に高く上がった。落とすなよ、落とすなよと手を合わせる。おお、今日はちゃんとボールの落下地点にいるではないか。やっぱり遠藤君は素晴らしい。子供たちがハイタッチをしながらベンチに走っていく。
 一回裏の攻撃も無得点となった。相手チームのピッチャーは女の子だった。どこかのマンガの主人公のようなアンダースローで、なかなか打ちにくそうだ。
 二回目のお互いの攻撃が終わり、ゼロ対ゼロのまま三回に進む。少年野球は五回までだ。今日は好調のダイ君でいけるかと思ったが、途中からダイ君のフォームが崩れてきた。まだ完全に身についていないらしく、疲れとともに前の悪い癖が出始めた。コントロールも定まらなくなり、二人続けてフォアボールを出した時点で監督が動く。
 その時、観客席から声が飛んだ。
「まだまだいける! ダイ! まだ大丈夫だっ! がんばれ!」
 たぶんダイ君のお父さんだ。まだ失点していないのに替えられるのが我慢できなくて声を出したのだろう。声を聞いたベンチはちらっと観客席の方を見たが、監督は審判にピッチャー交代を告げた。声を上げたその人は「ちっ」と舌打ちをしてどっかりと椅子に沈んだ。「せっかく今日は初めて勝てるはずだったのにな」と周りに聞こえるように大きな声で言いながら。
 ダイ君は下がらずに三塁手と交代した。これならもう一度マウンドに戻れる。お父さんは「お」と言って沈めた体を乗り出した。現金なもんだ。三十人いるのだ。全員が出られるわけじゃない。ベンチにだって入れない子が十人以上いた。だけどみんな自分のチームを勝たせようと応援している。俺だって同じだ。



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