仰げば蒼し 12

仰げば蒼し

　ダイ君に替わって登板したのはやはりナオキ君だった。数回投球練習をしたあと、すぐに試合が再開した。
　遠藤君が言っていた通り、チームの雰囲気がガラッと変わった。何度もお互いに声を掛け合っていた守備陣が沈黙して、構える腰も少し上がっている。明らかにやる気がそがれていた。ナオキ君は気にする様子もなく、というか、後を振り返りもせずにマウンドで投球ポーズに入った。
　淡々と進んでいく。前にも思った無理のないフォームでリズムよく投げていく。ダイ君の、勢いで投げ込むような、悪く言えば調子っぱずれのリズムががらりとかわって相手も戸惑ってしまったらしく、速いテンポで三者凡退で攻守交代になった。
　変わったのは雰囲気だけではない。ダイ君の時は打たれたゴロの処理を前進して捕っていたのに、今はボールがグラブに入るのを待ってから捕っている。確実にというよりも、明らかにエラーを怖がっていた。ボールに前進して飛びつけば早い処理ができるから、アウトにできる確率が上がる代わりに、エラーした場合の代償も大きい。
　ナオキ君が守備に対してチョンと帽子を下げてお礼をした。俺にはボールがそっちにいってごめんなさいと謝っているように見えた。
　四回の攻撃に入って、下位打線のぼてぼてのゴロに必死に走った結果、一人が塁に初めて出た。必死にバントで繋げようとたら、慌てた相手のエラーでノーアウト1塁三塁になった。先制点のチャンスがきた。ダイ君がボックスに入る。ベンチの声が大きくなった。「打て、打て、ピッチャーへばってるそ！　いける！」
　観客席も盛り上がっていた。しかし、力みすぎたダイ君は三振した。清原もびっくりの渾身の三振だった。まだいける。まだワンアウトだ。次のナオキ君に遠藤君が何か耳打ちをして、ナオキ君が頷いた。ダイ君の時とはうって変わってベンチがやはり静かになる。その中でヨシ君だけが声を張り上げた。
「ナオキ！　たのんだぞ！」
　俺も思わず叫んでいた。
　ナオキ君！　がんばって！　打てる打てる！」
　　知らない人の声にバッターボックスに向かうナオキ君が、え？　とこちらを振り返った。　　
　俺は手をメガホンみたいに口に当てて「がんばれ！」ともう一度叫んだ。
　帽子をチョン、と下げてナオキ君が挨拶をした。結んでいた唇が少し緩んだようにも見えた。
　ボックスに立ったナオキ君がバントの構えをした。え？　スクイズ？　誰もがそう思った。相手方も前進守備の態勢に入る。ピッチャーが振りかぶった瞬間、ナオキ君が構えを変えた。
　バスター！　
　思わず立ち上がった。バントの構えと見せかけて、ピッチャーが投げた瞬間にヒッティングに構え直す技だ。小学生の、しかも四年生で決められるなんて凄い。
　キンッと鋭い打球が前進守備をしていたセカンドの頭を越えた。静かだったベンチも観客も沸き立った。凄い！　二対ゼロ。あと一回守り切れば初勝利だ。ヨシ君が飛び跳ねている。俺も立ち上がったまま「いいぞ！　ナイスバッティグ！」と拍手を送った。
　それでも沸き立ったのは一瞬で、次が続かずに残塁に終わったナオキ君にハイタッチのポーズで迎えてくれたのは、ヨシ君だけだった。
　最終回の守りに入る前に、ベンチがなんだか揉めていた。見ていると、ナオキ君がダイ君にボールを渡している。え？　ピッチャー交代？　せっかく勝てそうなのに？　ダイ君のお父さんのほうへちらっと目をやった。お父さんも複雑な顔をしている。
　遠藤君がみんなを集めて何かを言っていた。レギュラーも控えも輪になってうな垂れて聞いている。何を言っているんだろう。審判がどうしたのかとベンチに駆け寄ってきた。あまり時間をとるのはまずい雰囲気だ。
　審判が監督に何事かと聞いている。その横で一番先に顔をあげたダイ君がナオキ君にボールを渡しながら、何かを言った。ここからは何を言っているのか、もちろん聞こえなかった。
　選手たちが散らばっていく。「最後だー、しまっていこうぜ！」とヨシ君がベンチから声をかけて、周りが「オー！」と応えた。ナオキ君は相変わらず淡々とマウンドで土を馴らしている。

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