INDEX |
仰げば蒼し |
13
|
最終の守りが始まった。守り切れば初勝利だ。 緊張もあまりないのか、ナオキ君は前と変わらない調子で速いテンポで進めていたが、相手チームもだんだんとそのテンポに慣れ始め、バットを合わせてきた。ファールを繰り返しながら、結局フォアボールで塁に出た。やばい。ここから上位打線だ。 ノーアウトで一塁に走者がいる。ナオキ君が初めて少し乱れた。続けて大きく二球はずれた。 うしろで「あーあ」とダイ君のお父さんがため息を吐いた。あんまり聞こえよがしなことをしないでほしいなと思ったが、吐いたのはため息だけだったから少しほっとしてまたグラウンドに目を戻した。 落ちつけよ。大丈夫だからと思わず両手を握りしめながら見守る。 キャッチャーがタイムをかけてマウンドに駆けていった。いつもはダイ君とバッテリーを組んでいる六年生は、ナオキ君の肩をポンポンと叩いて戻っていった。 そう。それでいい。落ち着いて。大丈夫だから。 大きくひとつ深呼吸をして、ちらっと一塁を見てからナオキ君がセットポジションに入る。 キンッと心臓に悪い音を立ててボールがショート前に転がった。うまくいけばダブルプレーの場面で、慌てたショートがボールを前にこぼした。処理が遅れて一塁、二塁ともに残ってしまった。 ああっと天を仰いだ。同点のランナーがでてしまった。 「しょうがない、しょうがない! 今のは! がんばろうぜっ!」 三塁からダイ君が叫んだ。ヨシ君も「まだまだ」とベンチから叫んでいる。そうだ。まだ点が入ったわけじゃない。一瞬泣きそうになったショートがパンパンとグラブを叩いて、「よしこいっ!」と低く構えた。 続く打者を三振とサードゴロで押さえた。あと一人だ。出てきたのはさっきの四番打者。素振りをするスウィングがやるぞというように威嚇している。 第一球目ははずした。 ナオキ君は冷静に打ち取ろうとしている。 二球目。カキーンという音がしてボールが高く上がった。 ああっ! とボールの行方を追った。球は大きく右に逸れてファール方向へ飛んで行く。 心臓に悪い。だけど、四番はこれで自信をつけたように、ピッチャーの方へ眼を向けて、バットをグルングルン回している。 ナオキ君が下を向いてマウンドの土を神経質に馴らし始めた。 緊張しているのだ。 どれほどの恐怖だろうかと彼の心中を思う。頑張れ。怖がるな。 その時、グラウンドから声が飛んだ。 「ナオキ! 思いっきりいけっ! 打たれたら次取り返すから!」 ダイ君だった。 それに続いて周りが叫び出す。 「打たせていけ! うしろ守ってるぞ!」 「いけるいける!」 「あと一人!」 監督がタイムの要請をした。 遠藤君に背中を叩たかれたヨシ君が、転げるようにしてマウンドに走って行った。伝令だ。 守備も全員集まってきた。 声は聞こえてこないが、言っていることはわかる。頑張れ、頑張れ。 ナオキ君が顔の汚れを肘でぐいっと拭いた。拭いたのは汚れではないのはみんなわかっていたけど。 円陣を組んで「オー」と気合を入れてそれぞれが散らばっていく。 ナオキ君が後ろを振り返って両手を上げた。みんながそれに応える。 「しまっていこうぜ!」 試合が再開した。 ナオキ君がモーションに入る。バッターが構えた。守備の姿勢が低くなる。全員が息を詰める瞬間。 キインッ! と快音がした。 敵も味方も口を開けてボールを見上げる。ボールは綺麗な放物線を描いてスタンドへと消えていった。見事な逆転ホームランだった。 会場からため息が漏れる。仕方がない。相手はあんなに大きいんだ。次を確実に仕留めて反撃するしかない。うまく気持ちを切り替えていけよ。 ガッツポーズをしながらベースを回る選手を横目に、もう一度選手たちがマウンドに集まっていた。 俯くナオキ君をみんなが励ましている。その顔には笑顔が見えた。 そう。今からが正念場だ。気持で負けちゃダメなんだぞ。 |
novellist |