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仰げば蒼し |
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気を取り直したらしいナオキ君が落ち着いて次の打者を仕留めた。ワンバウンドで飛んでいくボールをセカンドががっちりと掴んでファーストへ送った。 「ナイス!」とすかさず叫んだのはやっぱりダイ君だったが、ナオキ君も笑顔でセカンドと一緒に走ってベンチに戻っていった。 最終回の裏、一点差。これで点が入らなければ終わりだ。打者は六番から。頑張るしかない。 疲れてきたピッチャーに粘ってフォアボールで塁に出た。やった。還れば同点だ。 相手チームもピッチャーを交代した。今度は男の子。気の強そうなオーソドックスだ。 ファイターズは代打を出してきた。五年生で体は小さいけれど足の速い子だ。バントであわよくば自分も助かろうという作戦かもしれない。 予想通り、七番君はバントしてきた。思惑が外れて自分はアウトになってしまったが、きっちり送ることができた。ワンアウト二塁。まずは成功だ。 次の子も代打だった。素振りをする顔つきが強張っている。頑張れ。怖いのはみんな一緒だ。 一球目から走ってきた。予想をしていたらしく外された球に必死に飛びついてピッチャーの手前に落ちた。一瞬慌てたピッチャーだが、しっかりとボールを握って一塁に送球。アウト。 バウンドせずに球が浮いた為に、走らずベースに戻っていたセカンド走者は動けなかった。おしい。でもまだ大丈夫。得点圏内に走者がいるのだ。あと一人踏ん張れば一番に打順が回ってくる。 次の打者も代打。ヨシ君だった。 遠藤君に耳元で何かを囁かれ、大きくうなずいて素振りをする。小さな体で短くバットを持って振るスウィングはぶれてもいなくて、力強いダウンウィングだった。 彼は一番初めから遠藤君に教わっているのだ。うまくならないはずがない。 「ヨシ! 繋げろよ!」 ダイ君が大きな声で励まして、自分も隅で素振りを始めた。自分の番に回ってくることを疑っていない。「次取り返す」と言った約束を果たそうと、懸命にバッドを振り続けている。 ヨシ君が一礼してバッターボックスに入る。 俺は跡が付くくらい両手を強く握っていた。頑張れ。頑張れ。 一球目。スパンと小気味よい音がしてボールがミットに収まった。空振りだ。 大丈夫。落ち着いてボールをよく見るんだ。打てない球じゃないぞ。周りも「タイミングあってるぞ」「思いっきりいけ」と叫んでいる。ダイ君も素振りをやめない。 二球目、ボール。落ち着いてよく見送った。 三球目、ストライク。ボールを見すぎて手が出なかった。 ヨシ君が片手を上げて、一度ボックスから出る。空を見上げて大きく深呼吸をしてから、もう一度構えた。 ピッチャーが投げる。 ヨシ君の体がわずかに後ろへ引かれ、タイミングを合わせてバットが振られる。 キンッ! 打ち上げられたボールが高く高く上がる。 上へ上へと伸びたボールが、やがて同じ速度で落下を始めた。 「オーライ」の声が聞こえ、ボールが相手のグラブに収まる。ピッチャーフライだった。 スリーアウト。試合終了。 打った瞬間に走っていたヨシ君は、ファーストのベースにうつ伏せになって抱きついたまま動かなかった。 ベンチではダイ君が空を仰いで大泣きしていた。 周りの選手も同じだった。「うわーん」と声を放って泣きじゃくっている。 まるで、甲子園の決勝戦で負けたかのような嘆き方だった。 監督と遠藤君が泣いている子どもたち一人一人に声を掛けながら、グラウンドの真ん中へと引き立てて行く。一塁でまだ突っ伏しているヨシ君に、ナオキ君が駆け寄っていった。 ナオキ君に腕を攫まれ立ち上がったヨシ君は、それでも顔から肘を離さなかった。滑り込んだ体は真っ黒で、彼がどれほど懸命に走ったのかがうかがえて、瞼が熱くなった。 整列をしてお辞儀をする彼らに手が痛くなるほど拍手をした。観客席に駈けてきて「ありがとうございましたっ」と叫ぶ顔は皆、泥と涙で汚れていた。 「頑張った!」「よくやった!」「すごかったぞ」 それぞれが死力を尽くした彼らに声をかける。 本当によく頑張ったと思う。いい試合だった。こんなに見事な負けっぷりはそうないと、褒めてやりたかった。 |
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