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仰げば蒼し
15
 試合の余韻に酔いしれて、しばらくぼーっとしていたら、携帯が鳴った。遠藤君からのメールだった。
 子ども達を送って、打ち上げが終わったあと、俺の部屋に行ってもいいかと書いてあった。
 観客席からグラウンドの方へ目を向けると、遠藤君がこちらを見ていた。
 お疲れの意味を込めて、手を振ったら遠藤君も手を振り返して笑っていた。
 来たときと同じように乗り換えをしながら、自分の部屋に帰った。
 打ち上げなら夕飯は済ませてくるだろうと思い、途中買ってきた弁当を食べながら彼を待った。食べてしまうとすることがなくなって、本を読んで時間を潰した。
 最近はほとんど俺が遠藤君の部屋に行っていたから、自分の部屋で彼が来るのを待つのが久しぶりで、この待ち遠しさも懐かしいな、なんて感じた。
 試合が終わってそのまま来るのなら、ユニフォームのままかな、と考え、風呂の用意をし、少しばかり置いてある遠藤君の着替えを出してきた。
 秋が近づいていて、Tシャツなんかはそろそろいらなくなるだろうから、綺麗に畳んだそれを、紙袋にまとめて入れた。置きっぱなしでも別に構わないけれど、この次冬物を持ってきたときにでも交換すればいいと思った。
 長年住んでいる部屋は、気に入っているけど、二人分の衣類を置いておけるスペースがないのだ。
 いつも俺のところに来いっていう遠藤君の言葉を思い出し、遠藤君の部屋に引っ越すのはともかく、もう少し近く、例えば歩いて行き来できる距離に部屋を借りるのもいいかも、なんて考えた。
 それを言ったら遠藤君は喜ぶだろうか、それともがっかりするだろうか。
 今解散して子ども達を送ったとか、打ち上げの店に入ってすぐ出るからとか、今店を出たとか、もうすぐ着くからとか、実況中継のようなメールがきて、そこの角を曲がったというメールが届くと同時にインターフォンが鳴った。
 息を切らせて、汗だくになった遠藤君が立っている。
 そんなに急がなくても逃げやしないよと笑いながら「おかえり」と迎えたら、遠藤君は心底ほっとしたように笑って「ただいま」と言った。
「お疲れ様」
「うん。充……」
「すごくいい試合だったよ」
「うん」
「打ち上げ、盛り上がっただろ?」
「うん」
「ナオキ君もよかったし、ダイ君も、ヨシ君もすごかった」
「うん」
 何を言っても「うん」しか言わない。玄関先に立ったまま、靴も脱がないでいる。
「まあ、上がんなさいよ」と促し部屋に上げさせたら、恐る恐るといった感じで遠藤君がそっと抱きしめてきた。
 よっぽど俺が怒っていると思っていたのか、抱きしめてから、窺うようにこちらを覗く。
 俺が抵抗しないと安心して、もう一度抱きしめてくる。俺は背中に回した手でポンポンと叩いた。
「先に汗流してきたら? お風呂湧かしておいたから」
「はい」
 素直に返事をする遠藤君に、さっき紙袋にまとめた着替えを出してきて渡した途端、遠藤君の顔がこわばった。
「どういうこと?」
「なに?」
 手渡された衣類と紙袋を持って遠藤君が聞いてくる。
「これ、なに」
「え?」
「荷物、まとめてある」
 ああ、と納得した。まとめておいた夏ものを見て誤解したらしい。
「夏ものだよ。そろそろいらなくなるから袋に入れただけだよ。この次冬物を持ってくればいいし。それに全部じゃないよ」
「本当?」
「本当だって。ほら、これだけだから」
 わざわざ袋を広げて中を確かめさせる。なんだか今日の遠藤君は子供みたいだ。
「お風呂、入っておいで」
「うん。でも……」
 何が心配なのか、なかなか袋を離そうとしないからおかしくなって笑った。
「そんなに心配? 俺がこれ持って出ていけっていうと思った?」
 返事をしない。言葉にするとそれが現実になるとでも思っているのか、首を振って唇を噛んでいる。
 いつも大らかで、余裕のある遠藤君が今は聞き分けのない子どものようになっている。
「とにかく入っておいでよ。話はそれからだ」
 俺がそう言うと、遠藤君はすごすごといった様子で風呂場に入っていった。



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